『絶食男子、解禁』


フェスから二週間ほどが経ったある日。
仕事を終え、駅へと向かっていた、その時。

「つぐみ」
「………っ」

路肩に車を停車させた状態で、私を呼び止めた人物、西野 透。
オフィス街にある街灯の灯りが長身の彼を照らす。

「どうしてここに?何しに来たんですか?」
「話したいことがあって……人目もあるから、場所を変えないか?」
「っ……」

家路へと向かう人々の視線が向けられる。
二週間前のSNS炎上が脳裏を過った。

「分かりました。……話だけですよ?」
「あぁ」

彼に応えるためじゃない。
会社に迷惑をかけないためだ。

あの後、課長と部長から、社内でのメディア対応のことを聞かされ、今後は十分に気を付けるように言われたから。
だから、最優先課題として、人目を避けるという提案を受け入れただけ。
話すことなんて何もないんだけれど。

西野の車に乗り込む。
もう二度と、彼の運転する車には乗らないと思っていたのに。

バッグからスマホを取り出し、楢崎に一応報告だけ入れておく。
知らない間にSNSに書き込まれてたら、彼に迷惑がかかるからだ。

「彼氏にか?」
「……お気になさらず」

こういう所は昔から鋭い。
私のことを何でも把握していたいというスタンスは相変わらず。
これが束縛だと思って、当時は嬉しかったけれど。
今はぞっとする。

「何食べたい?和食が好きだったよな。昔よく行ってた『桃仙郷』にでも行くか?」
「食事は結構です。どこかに車をとめて、話だけでお願いします」
「……分かった」

同乗するだけで吐気がしてくるのに、顔見て食事なんて冗談じゃない。
あからさまに分かるように大きく溜息を吐いてやった、その時。
手の中にあるスマホが震えた。

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