『絶食男子、解禁』
過去の呪縛
豊洲駅へと黙々と歩く。
鮎川の手を握りしめている手がぎゅっと握り返され、ハッと我に返った。
「ごめん、…鮎川」
「私の方がごめんねだよ。嫌な想いさせてホントごめんね。それと、助けに来てくれて、ありがとう。凄く嬉しかった」
足を止め振り返ると、鮎川は柔和な笑みを俺に向けた。
「いや、さすがにあれは無いだろ」
「……そう?私的には五百点満点だったよ?」
冷静沈着でウィットに富んだ瞬発力が持ち味なのに。
弁護士として、最大のミスを犯してしまった。
事実と違う証言をする行為。
けれど、何度思い返しても、わざと口にしたのではなく、自然と口から出ていた。
『鮎川 つぐみ』という人物と接して来て、今まで一度も嫌だとか苦痛だとか感じたことがない。
というよりも、一緒にいることに安堵さえ感じる。
いつの間にか俺の心にスッと入り込んで、深く刻まれた傷でさえ、大したことないと撫でられているようで。
それが思いのほか心地よくて。
女性を遠ざけ、感情を押し殺していたことすら、馬鹿馬鹿しく思える。
「俺が勝手に畳み掛けるみたいな状況にしちゃったけど、本当にあれでよかったの?」
「どういう意味?」
「あいつ……彼とやり直すっていう選択肢もあったなぁと思って。一度は本気で惚れた相手だし、彼が本気で改心するなら、そういう未来もあるんじゃないかと」
「ないないっ、絶対ないし、ありえない!……楢崎が来るちょっと前に彼が言ったんだよね。私を他の男にあてがった本当に理由」
「……何て?」
鮎川は下唇を噛みしめ、苦悶の色を覗かせる。