『絶食男子、解禁』


元彼から衝撃的な事実を突き付けられた。
もがき苦しんだこの六年間が、哀れなほど無意味だったのだと。

楢崎に送って貰い帰宅した私は、玄関でへたり込んだ。

やっと収まったはずの涙が、堰を切ったように溢れて来る。
騙されていたことへの悲しさじゃない。
彼の手のひらで踊らされたことへの悔しさというか。
何故、あんな男を好きになったのだろうという後悔のような感情。
彼の甘い言葉に触れ回されることなく、もっと恋愛に対して敏感でいたら…。
あまりにも初心だった自分に、忸怩たる思いに駆られる。

ピンポーン。
自宅のチャイムが鳴った。
二十時を回ろうとしていて、心臓がドクンと跳ねる。

あの人じゃないよね?
大学を卒業し、就職してからこのマンションに引っ越して来た。
けれどあの人だったら、知り合い伝いに住所を聞き出しそうで急に怖くなる。

ピンポーン。
再びチャイムが鳴った。
怖い。
『あいつが何かして来たら、直ぐに言えよ?』という楢崎の言葉が脳裏を過った、その時。
鞄の中のスマホから着信音が。

「鮎川っ、そこにいるんだろ?俺だ、…楢崎だ」
「ッ?!!」

スマホを取り出すよりも早く、ドアの向こうから声が聞こえて来た。
慌ててドアを開けると、息を切らした彼がそこにいた。

「やっぱり……泣いてた」
「っ……」
「心配で戻って来た。上がっていいか?」
「……ん」

床に置いたままのバッグを拾い上げ、私の手を引き、リビングへと向かう彼。
陽が落ちているとはいえ、真夏の夜は蒸し暑い。
彼のYシャツが汗で滲み、触れている手が凄く熱い。

「エアコン入れていい?」
「ん」

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