『絶食男子、解禁』
ふりだしの提案
「楢崎、……楢崎、起きて」
ずっと一人で抱え込んでいてたものを吐き出した彼は、缶ビール一本でダウンした。
いつもはもっと飲めるし、酔い潰れてるところなんて今まで一度も見たことなかったのに。
それほど、抱えていたものが大きかったのだろう。
二年も交際していた彼女は、最初から彼のお兄さんが好きで楢崎に近づいた。
そんなことも知らず、彼女を好きになり、そして愛したであろうに。
『子供ができたから、結婚する』と、彼の気持ちを踏みにじった人。
どんな女性なのか見てみたい。
今は実兄の奥様になられているわけだから、恋人の関係が切れても『家族』としての縁が繋がってしまったわけで。
お兄さんのことを尊敬して、大好きだったことは話す様子から伝わって来た。
そんな大好きなお兄さんのことを、どう思ったんだろう。
消化しきれない想いを必死に押し殺して来たのだろうか。
私の傷は、自分だけのものだけれど。
彼の傷は、お兄さんの幸せと隣り合わせになっている。
元カノを断罪するように全てを暴露することもできただろうに。
それをせずに、兄の幸せを優先した。
そして、今までずっと苦しみ続けてきた。
私の傷なんて本当に大したことないと思えるほど、彼の傷は深い。
私は元彼との縁を切ればリセットできるけれど、彼は違う。
お兄さん夫婦が破綻しない限り、この先もずっと続いていくのだから。
リビングのソファで気持ちよさそうに寝息を立てている彼の中指にそっと触れる。
ペンだこができるほど、猛勉強したんだ。
耐え難い事実を知っても努力し続けている彼が、切なく、そして愛おしく思えた。