『絶食男子、解禁』


「寝顔は子供だな」
「起きてても子供だよ」
「……」

二十一時を回る頃には電池切れで就寝した辰希。
ちゃっかり鮎川のベッドを占領してる。

「さっきはごめんね、たっくんがあれこれ言って」
「今時のガキって、みんなこうなの?」
「どうだろ?……私はたっくんしか知らないけど、素直で凄くいい子だよ?」
「……素直、ねぇ…」

辰希の髪を撫でる鮎川を視界に捉え、今まで考えもしなかったことが脳裏をよぎる。
彼女が母親なら、きっといい子に育ちそうだと。

誰かと過ごす未来なんて、とうに捨て去ったと思っていたのに。
鮎川がその相手なら、そんな未来もアリなんじゃないかとさえ思える。

俺にもまだ、こんな感情が残ってたんだ。

「楢崎も泊ってく?明日休みでしょ」
「……いいの?」
「フフッ、何よ、今さら」

リビングに戻ると、当たり前のように缶ビールが目の前に置かれた。
警戒心、無さすぎ。
家の中に男が二人もいるのに、いつもと何ら変わらない鮎川。
いや、むしろ安心しきってる感がある。

「浮気は、程々にしろよ」
「え?」
「風呂でいちゃつくとか、聞いてていい気分しねぇ」
「っ……、五歳の子相手に何言ってんのよ」
「俺よりあのガキの方がいいわけ?」
「は?……急に変なこと言わないでよ」

一瞬俺の顔を見て動揺した。
まんざらでもないのか?

もう誰かを好きになることはないと思ってた。
例え惹かれたとしても、心の底から愛せる自信がないし、そんな人と出会えるとは思いもしなかった。

けれど、もし、この感情が『恋』というものなら…。
俺は、もう一度頑張ってもいいかな、と思い始めている。

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