アラ還は、もう恋しちゃだめなんですか?
朝食を済ませて、張り詰めた緊張の中、
先生はコーヒー豆を挽きながら、話し出した。
「俺は院長の子供じゃないんだ」と。
想定外の話に何も言えない。
礼子さんが妊娠中、住み込みで家政婦として働き始めた時に見初められて結婚されたと。
院長を見て育って医者になろうと思ったし、後を継ごうと思ったけど、事実を知って継ぐのは郁さんだと思ったらしい。
そして全力でフォローしようと。
後を継がないと言ったが、病院を離れる気はなかったのに、自分以外は陽子先生の病院を継ぐと思い、結局すれ違い離婚になったと。
「思ってるだけで口にしないとダメだね。
誰も悪くないし、みんな各々思い込んで。
皆に迷惑をかけたと思ってる」と。
あー、なんか辛いなぁ。
でも先生は気づいてないかも知れないけど、本当に同業者という気持ちだけなんだろうか。
陽子さんの気持ちもわからない。

私も大切なこと言わなきゃと思ってるだけで言えてないことがいっぱいある。
言わなくても分かると言うのは思い込みと。

マグカップをローテーブルに置いて、ソファーに掛け直した。
私は今の気持ち、思いをちゃんと話さないといけない気がした。
以前、礼子さんに話したのは本当の気持ち。
でも、ずるい考えもあることを。
仮でも偽でも良いと思ったのは娘のことがあったから。
ただ娘に気を使わないで今まで通りいてほしかった。
それに喪中なのに浮かれてたこと。
自分の事しか考えてない。

「自分の事だけじゃないでしょ。
ちゃんと娘さんの事考えてる。
それから仮とか偽とかどういう事?
俺はそんなこと言ったつもりはないし、確かに始めは軽い気持ちだったかも知れないけど、たとえお試しでもそうでなくてもお互い気持ちが離れれば別れるし、ただ俺は別れるつもりはない。
浮かれてるって言ったけど、勘違いじゃなければ嬉しい。
もし信じられないならもう一度言う、付き合ってほしい」

こんなこと言われたの初めてだ。
嬉しいのに涙が出てきた。
よし、私もけじめをつけよう。
ちゃんと口に出して言おう。
「ありがとうございます
私もたぶん好きです。なかなか自分の気持ちに気づかなかった。
でもけじめをつけるため、主人の喪が明けるまで『大人のお茶のみ友達』でいてほしいです」

「『大人のお茶のみ友達』?」
あー、説明してなかったなぁ。
お茶のみ友達以上恋人未満って、やつ。
これも私のわがまま。
主人を忘れてた訳じゃない。
自分の行動に気をつけよう。
子供じゃないんだから、自分の事しか考えてなかったり、気持ちのまま行動したり、話すのは考えないと。

「とりあえず、その『大人のお茶のみ友達』ってやつから始めようか」
そう言って抱きしめられた。
「大人の…なんだから、これぐらいは許容範囲」って。
そんなもんかなぁ。

これからは、思っているだけでなく、言葉にしよう。
人生100年、正直に穏やかに楽しく生きていこう!


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