麗華様は悪役令嬢?いいえ、財閥御曹司の最愛です!
西國結奈は、今年秘書課に異動してきた。実家はウェディング事業で成功した西國グループ。
妾の子だが、引き取られてからは大切に育てられたようで、マナーは散々な好き放題のお嬢様。北大路不動産はホテル事業の中でウェディングにも力を入れ始め、彼女の実家と業務提携を行っている。つまり大手取引先だ。その為実家のパワーが強く、しっかり注意できる立場の人が、私くらいしかいない。
正臣さんは昔から女性をあしらうのが苦手らしく、気のない女性は一刀両断してきた。だが取引先の令嬢である西国結奈を無碍にも出来ず、私に対処を押し付けてくるのである。なぜか秘書課で私が指導係のようになってしまったのだが、天真爛漫な性格のせいで全然指導出来ない。
「私の言い方が悪かったなら謝るわ。でも、ここは会社であり、出会いの場ではありません。社長には敬意を払い接してください」
「麗華様は意地悪です。もういいです! 失礼しまぁす」
全く会話が成立しない。「はぁ」とため息をつく。正臣様はさっさと社長室に戻ってしまった。
騒ぎを聞きつけたのか秘書課の面々が廊下をのぞいている。
「自分は金魚のフンみたいに社長について回ってるくせによく言うよね」
「私の婚約者に近づかないでーってこと?」
「見た目派手だし怒ると怖いよね、麗華様って」
クスクスと笑う内緒話。ヒソヒソ声がよく聞こえてくる。ああ、面倒くさい。
私が誰かを注意すると、「真面目」とか「いい子ぶって」と言われる。そして麗華様は偉そうだと遠巻きに悪口を言われるのだ。普段はそんなことでへこたれる私ではないけれど、今日はなんだか気分が沈んだ。
きっと推しキャラだったレイラ様の婚約破棄がショックだったからだ。
所詮ゲーム内のことだとはわかっている。でも、不安で仕方がない。
私はきっと主人公ではない。きっとあの子みたいな「守りたくなる」子がヒロインなのだ。そしてもちろん王子様は、正臣さんのような素敵な男性なのだろう。
この仕事も正臣さんとの結婚前の花嫁修行として当てがわれた仕事だ。北大路のご実家からは、結婚したら家庭に入り、子作りに専念して欲しいと言われている。
だが、彼の秘書として働くにつれて、この仕事が好きになってきた。もう少し続けたいけれど、婚約破棄されてしまえば、北大路グループで働くことさえ難しくなるだろう。そうしたら父に頼んで東堂グループのどこかの企業で働かせてもらえるだろうか………。
「麗華っ!」
「わ! びっくりした!」
考え事をしながら廊下に立っていると、同期の荒牧美世がやってきた。彼女も秘書課で専務秘書をしている。彼女こそが私に乙女ゲームを勧めた張本人だ。多趣味な彼女が真面目で仕事ばかりの私に、色々教えてくれるのだ。美味しいお店も面白い小説も、人気の映画も、彼女が教えてくれている。取引先と会話に役立つと知ってからは、自分で取り入れるようにしてきたが、乙女ゲームは彼女に教えられるまで知らなかった。
レイラ様のことを思い出して、また気が沈んでいく。
「どうしたのよ〜! 廊下に突っ立って!」
「美世〜」
「どうしたどうした? ゲームやってみた? 楽しいでしょ?」
「レイラ様が……」
「レイラ? 悪役令嬢のこと?」
「悪役……」
そうか、私は悪役令嬢だったのか。ヒロインを正しているつもりが、いじめていたのだろうか。
その日はズドンと気分が落ち込み、珍しく仕事が進まなかった。