麗華様は悪役令嬢?いいえ、財閥御曹司の最愛です!
西國結奈は憎めない。
その出生も複雑で同情を誘うのだが、彼女自身の振る舞いも、とても好感が持てるのだ。
「あっ! 麗華様!」
昨日叱った時は頬を膨らませていたのに、今日は忘れたかのように明るい声で声をかけてくれる。
ヒソヒソと陰口を言う女の子たちより何倍もマシだ。彼女は直接不満をぶつけてくるところも良い。
「この間麗華様に怒られたので、私頑張ってマナーを覚えてるところなんです! メールの文面チェックしていただけますか?」
「もちろんよ」
「ありがとうございます! 仕事がもっと出来るようになったら私も社長秘書に立候補しちゃおうかな〜! そしたら正臣様と一日中一緒にいられるんですよね?」
彼女の言葉に曖昧に笑う。ああ。せっかくの褒めたい気持ちが萎んでいく。私が正臣さんの婚約者であることは、周知の事実。その私にその発言。やっぱりこれって喧嘩を売られているのだろうか。買うべきなのだろうか。
気持ちを落ち着けようと、はぁと息を吐きながら額に手を当て身体の向きを変える。彼女と向き合ったままだと自分がおかしくなりそうだ。そこで彼女のデスクが目に入った。少し乱雑だが、様々な業務に関する本が積んであり、たくさんの付箋がしてあった。私が指摘したマナー本だけではなく、不動産にまつわる資格の本やホテル事業の資料の山も見える。
彼女の努力を目の当たりにして、これ以上は指摘するのを我慢する。メールの文面だけチェックをした。
「完璧だと思ったのに〜」
「もう少しね。でもすごい進歩だわ。お疲れ様」
「はーい」
彼女がデスクに戻ると、周りの女の子達がわざわざ寄っていき、少しだけ指摘した文面を「細かっ」「麗華様厳しいよね」とフォローしている。そうやって他の子にも見せるのなら、私に意見を求めなければいいのに。
そんなことを思う私がおかしいのだろうか。いつだって皆の注目を集めるのは彼女で、私は遠巻きに見られて陰口をたたかれている。
今までは気にならなかったのに、急に気になり始めてしまった。居心地が悪い。
「ちょっといいか」
社長室から正臣さんが出てきて、結奈に話しかけた。珍しい光景に、その場にいた面々が静かに動向を探っている。どうやら彼女に任せていた今度の懇親会についてのようだ。
「なぜこの店を選んだ?」
「正臣様はお魚苦手ですよね? ですからお肉が美味しいお店で、個室がある高級店を選びました!」
「魚のこと……よく気づいたな」
「ふふ、隠しているんだろうなと思いましたが、気づいちゃいました」
「ありがとう」
柔らかく正臣さんが笑った。
秘書課のメンバーが息を呑む。そしてそっとその後気遣わしげに私を見てくる視線。やめて。惨めになる。正臣さんは気づかないのか「今後も頼む」と言い社長室に戻っていった。
結奈は、正臣さんが秘書室を出て行っても、しばらくドアの方向を眺めている。そして足音が遠ざかった時点で、その場で地団駄を踏み、喜びを噛み締めていた。
「っ! やったー! 褒められた! 嬉しい〜!」
「よかったわね〜」
「やっと褒めてもらえたね」
こうして努力を実らせる彼女を、周りが応援している。彼女の少しの無礼くらい許してやればいいという風潮もあって、混乱している。私が間違っているのだろうか。
違う。そうじゃない。私は正臣さんの好みなんて知らない。取引先のことは調べて観察して情報として取り入れ考慮しているが、彼のことを気遣ったことはあっただろうか。そもそも、私は彼のことを知ろうとしてきただろうか。彼と向き合ってきただろうか。
彼はいつでも私を気遣って、優しくて。その優しさに甘えてばかりで何かを返してきただろうか。
私はやっぱり「悪役令嬢」だ。
ここから退場すべき人間なのかもしれない。
その出生も複雑で同情を誘うのだが、彼女自身の振る舞いも、とても好感が持てるのだ。
「あっ! 麗華様!」
昨日叱った時は頬を膨らませていたのに、今日は忘れたかのように明るい声で声をかけてくれる。
ヒソヒソと陰口を言う女の子たちより何倍もマシだ。彼女は直接不満をぶつけてくるところも良い。
「この間麗華様に怒られたので、私頑張ってマナーを覚えてるところなんです! メールの文面チェックしていただけますか?」
「もちろんよ」
「ありがとうございます! 仕事がもっと出来るようになったら私も社長秘書に立候補しちゃおうかな〜! そしたら正臣様と一日中一緒にいられるんですよね?」
彼女の言葉に曖昧に笑う。ああ。せっかくの褒めたい気持ちが萎んでいく。私が正臣さんの婚約者であることは、周知の事実。その私にその発言。やっぱりこれって喧嘩を売られているのだろうか。買うべきなのだろうか。
気持ちを落ち着けようと、はぁと息を吐きながら額に手を当て身体の向きを変える。彼女と向き合ったままだと自分がおかしくなりそうだ。そこで彼女のデスクが目に入った。少し乱雑だが、様々な業務に関する本が積んであり、たくさんの付箋がしてあった。私が指摘したマナー本だけではなく、不動産にまつわる資格の本やホテル事業の資料の山も見える。
彼女の努力を目の当たりにして、これ以上は指摘するのを我慢する。メールの文面だけチェックをした。
「完璧だと思ったのに〜」
「もう少しね。でもすごい進歩だわ。お疲れ様」
「はーい」
彼女がデスクに戻ると、周りの女の子達がわざわざ寄っていき、少しだけ指摘した文面を「細かっ」「麗華様厳しいよね」とフォローしている。そうやって他の子にも見せるのなら、私に意見を求めなければいいのに。
そんなことを思う私がおかしいのだろうか。いつだって皆の注目を集めるのは彼女で、私は遠巻きに見られて陰口をたたかれている。
今までは気にならなかったのに、急に気になり始めてしまった。居心地が悪い。
「ちょっといいか」
社長室から正臣さんが出てきて、結奈に話しかけた。珍しい光景に、その場にいた面々が静かに動向を探っている。どうやら彼女に任せていた今度の懇親会についてのようだ。
「なぜこの店を選んだ?」
「正臣様はお魚苦手ですよね? ですからお肉が美味しいお店で、個室がある高級店を選びました!」
「魚のこと……よく気づいたな」
「ふふ、隠しているんだろうなと思いましたが、気づいちゃいました」
「ありがとう」
柔らかく正臣さんが笑った。
秘書課のメンバーが息を呑む。そしてそっとその後気遣わしげに私を見てくる視線。やめて。惨めになる。正臣さんは気づかないのか「今後も頼む」と言い社長室に戻っていった。
結奈は、正臣さんが秘書室を出て行っても、しばらくドアの方向を眺めている。そして足音が遠ざかった時点で、その場で地団駄を踏み、喜びを噛み締めていた。
「っ! やったー! 褒められた! 嬉しい〜!」
「よかったわね〜」
「やっと褒めてもらえたね」
こうして努力を実らせる彼女を、周りが応援している。彼女の少しの無礼くらい許してやればいいという風潮もあって、混乱している。私が間違っているのだろうか。
違う。そうじゃない。私は正臣さんの好みなんて知らない。取引先のことは調べて観察して情報として取り入れ考慮しているが、彼のことを気遣ったことはあっただろうか。そもそも、私は彼のことを知ろうとしてきただろうか。彼と向き合ってきただろうか。
彼はいつでも私を気遣って、優しくて。その優しさに甘えてばかりで何かを返してきただろうか。
私はやっぱり「悪役令嬢」だ。
ここから退場すべき人間なのかもしれない。