麗華様は悪役令嬢?いいえ、財閥御曹司の最愛です!
 北大路の家に生まれたことは、幸福なことだったと思う。
 
 物心ついた時には、俺は裕福な暮らしを当たり前に享受していた。
 優しい両親と祖父母に可愛がられ、小さな世界の王様のようにただただ愛を注がれて、大事に育ててもらった。

 何をしても褒めてもらい、食べたいだけ食べて、やりたいことをやらせてもらえる。
 行儀や所作については厳しかったものの、それ以外は自由だった。

 そうして出来上がった俺は、『小太りのお坊ちゃん』だった。

 だけど、旧財閥といわれる北大路家の一人息子だ。容姿を笑う人も周りにはいない。家の財力でチヤホヤされ、優遇される日々。友人と呼べそうな子はいても、どこか遠慮がちだった。それでも優しい気遣いに守られた生活は、嫌いではなかった。

 成長して小学校高学年くらいになると、女の子達が寄ってくるようになった。仲良くなった女の子に、高級なお菓子をあげると喜んだ。二人で一緒に帰りたいとせがまれて、放課後に高いカフェに連れて行かれた時も、何も疑問を持たなかった。
 だがそんな鈍感で平和な日々は突然に終わった。
 
 体育の後、着替えて教室に戻ると女子達が騒いでいた。

「最近正臣君と仲良いじゃん」
「お金持ちだからさぁ、全部お金出してくれるんだよね」
「ええいいなぁ。私も仲良くしてもらおうかな〜」
「付き合ったりするの?」
「えーないない。正臣君太ってるし、キスとか無理」
「確かに!」
「お金出してくれる良いお友達って感じ!」

 愕然とした。彼女は俺が好きじゃないんだ。「お財布」として付き合わされていたんだ。笑顔を向けられていても、自分が愛されていないことがある──。その時、初めて人の裏側を知り、スペックだけでチヤホヤされてきた現実を知った。


 そんな頃、あるパーティに出席した。
 珍しく昼間に開かれたパーティで、子どもが多く参加していた。その頃の俺は、完全に人間不信になっていて、会場の隅で一人食事を摂っていた。すると知らない男の子達がやってきて、俺の容姿を揶揄った。何も言い返せなかった。彼等は大人達に気づかれないよう中庭に俺を連れ出して、散々暴言を吐くと俺を突き飛ばした。生まれて初めて尻餅をついた俺は、パニックで泣いてしまった。──その時だ。

「ちょっと! お父様の大事なパーティでそんなことしないでくださる!?」

 真っ赤なドレスに身をつつんだ彼女は、当時からとても美しかった。綺麗な黒髪がまっすぐ伸びて、意志の強い瞳が彼らを威嚇する。戦隊モノのヒーローのようだった。ピンチに駆けつけた、俺のヒーローだ。

「私を誰だと思っているの!? 今日の主催、東堂の娘よ! 揉め事を起こす気なら、この麗華様が許さないからね!」
「!」

 実家の力を堂々と盾にする麗華。かっこよかった。自然と涙が出た。絡んできた子どもは悪態をついて去って行った。

 麗華のかっこよさと、自分の不甲斐なさで、涙が込み上げた。太って座り込み泣いている俺。そんな俺を蔑むこともなく、麗華は真っ白のハンカチを差し出した。

「泣いても何も解決しないわ。貴方もお金持ちの息子かなんかでしょ。実家の名前でもなんでも出して、言うこと聞くやつは聞かせとけばいいじゃない。負けたらダメよ!」
「うん」
「私より大きいんだから、しっかりしなさい」
「うん」
「何か美味しそうな物とってきてあげる。甘いものは好き?」
「……うん」
「それじゃ、そこのベンチで待ってて」

 そうして麗華は本当にたくさんの食べ物を持って戻ってきた。主催の娘なのだから、会場にいなければいけないだろうに、俺のそばにいてくれた。
 食べながら、ポツリポツリと自分のことを話した。

「貴方、北大路財閥の御曹司なの!?」
「うん」
「なんでその権力使わないのよ!」
「なんか、いやで……」
「そう、貴方は優しいんだね」
「……ありがとう」

 臆病な俺を「優しい」と評価してくれた。それは俺の傷ついた心を癒すには充分だった。それから小一時間、二人でとりとめもない話をした。楽しかった。彼女にまた会いたいと思った。
 俺を探しにきた両親は、いつも内気な俺が、心を開いて笑っているのを見て大層驚いたそうだ。その場で東堂のご両親に話がいき、麗華は俺の婚約者に選ばれた。
 東堂のご両親は喜んでくれたが、彼女はどう思っただろうか。とても不安だった。
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