麗華様は悪役令嬢?いいえ、財閥御曹司の最愛です!

「次の休みは君の実家に行くから」

 車中での話は強制的に終わらせて、麗華の実家に行くとだけ告げた。突拍子もない申し出に彼女は混乱しているようだ。その間も手は握りしめたまま離さなかった。

 *

 よく晴れた週末。その日は午後から休みで、麗華の実家へと赴いた。麗華は終始戸惑った様子で、おずおずと俺の横に座る。向かいのソファに腰掛ける東堂の両親は、俺の気持ちを昔からよく知っていて、それでも麗華との婚約を続けさせてくれる温かい人々だ。

「正臣さんよく来てくださったわね」
「ご無沙汰しております」
「忙しいんだろう? 麗華は迷惑をかけているんじゃないですか?」
「いいえ。秘書としてよくやってくれています」

 愛おしい気持ちを抑えずに彼女を見つめると、目が合った瞬間にパッと逸らされた。耳が赤く染まって、満足する。嫌われているわけではないことが分かっただけで嬉しい。

「今日ご挨拶に来たのは、麗華さんとそろそろ同棲を始めたいと思いまして。結婚式の日どりも考えていきたいので、ご予定の確認もさせていただければと」
「ええ!?」

 俺の発言に麗華が驚き声をあげるが、それ以外の面々はニコニコと話を進めていく。

「そうか、そろそろですか」
「はい」
「夏は暑いから、夏が来る前にお式が出来たらいいわよね〜」
「そうですね。なるべく早めに入籍もしたいと思っています。まずは準備などもありますし、先に同棲を始められたらと思いまして」
「ふふふっ。こんな日も来るかと、麗華にはお料理はもちろん家事が出来るようお勉強してもらいましたから準備はバッチリよ。もう新居は決まったの?」
「麗華さんにはまだ見せていませんが、マンションを購入済です」
「ほほう。さすが正臣君。仕事が早いね」

 談笑しつつも話が進んでいく我々を眺めながら、麗華は驚きが隠せない様子で口をパクパクとさせていて可愛かった。



 数日後の夜。接待が早く終わり、麗華を連れて新居に訪れた。職場から車で数分、駅からも近い。新築の低層マンションの最上階は、建築段階から購入し、あれこれ注文して作った。本来は麗華と相談して決めるべきものだったのだろうが、俺との結婚後をイメージしながら、少しでも嫌な顔をされたらと思うと、怖くて言い出せなかった。
 気に入ってくれることを祈りながら、中に案内する。

「わぁ」

 黒を基調とした玄関を抜けると、広いリビングダイニング。そこから都内を展望できる。大きなカウンターキッチンに、シックな木目のダイニングテーブル。優しい間接照明と座り心地の良いソファ。他にあと四部屋あり、そのうちの一つが俺たちの寝室だ。キングサイズのベッドを搬入した。シャワールームとバスルームも広くて使いやすいものを選んだ。洗濯機から直行できるウォークインクローゼットは気に入ってくれるだろうか。カーテンやシーツは趣味もあるだろうと思いまだ購入していないが、何色がいいだろうか。

「君と住むならこんな家がいいと思って、建築段階から口出していた。よかったらここに一緒に住もう。嫌な場所があるならリフォームしても構わない」

 この家に入ってから、彼女の表情は明るかった。どの扉を開いても感嘆の声を上げて目を輝かせていた。だが、「一緒に住む」話をした途端、気まずそうに下を向いた。

「……私と結婚するつもり?」

 今更そんなことを聞かれて動揺する。嫌なのだろうか。

「婚約者と結婚しないで誰と結婚するんだ?」
「私の他に好きな人がいるんじゃないの?」
「一言もそんなこと言ったことはない」

 強い口調でそう言い切ると、麗華は「そ、そうね」と納得する。彼女の手を取り、口付けた。

「麗華を逃すつもりはない。大人しく僕のお嫁さんになって」
「!」

カチャン!

 動揺した麗華が、キーを落としてしまった。さっと麗華がしゃがんで拾おうとしたので、俺も手を伸ばす。二人の手が重なり、顔をあげた麗華と視線が合った。動揺して少し潤む瞳に吸い込まれていく。彼女との距離がなくなる瞬間、受け入れてくれたのかその目が閉じられた。その少しの動作に喜びを感じ、俺はどこまでも優しく彼女の唇に自分のそれをそっと重ねた。
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