未来を失った君と、過去を失った私。
過去【side帷】
俺が隼人と出会ったのは隼人がこの病院に入院してきた春。
あのときの俺は、白血病の薬の副作用で気持ち悪くてイライラしていた。
なんでも物に当たってストレス発散。
親と医者には反抗しまくって。
入ってはいけない屋上に入りまくって。
いわゆる反抗期。
そんなとき、隼人が親に連れられて病室に入ってきた。
当時俺は個室じゃなくて5人部屋だったから、毎日うるさくてたまらなかった。
『あら隼人、看護師さんが言ってた通りね!歳が近そうな男の子じゃない!』
俺の方を指さして、アイツの親はそう言った。
はぁ?
指さすんじゃねぇよ……。
俺が声を荒らげようとした瞬間。
「ちょっ、母さん!なんで指さしてんだよ、やめろよ!失礼だろ!」
隼人、と呼ばれた男が冷ややかに眉をひそめながら親に向かってそう言った。
俺の親は異常だから、俺がこんなこと言ったら混乱してパニックを起こすに違いない。
俺は手に持っていたスマホをベッドに投げつけて立ち上がる。
まるで怒ったかのように。
「っおい母さん……!」
「あら?」
案の定、俺の演技に引っかかった。
……ふん、馬鹿な奴。
乱暴にドアを閉めて、イラついているアピールをする。
そのまま振り向かずに歩く。
何処に行くか……その前に、変装しよ。
鍵付きのロッカーを開け、中からウィッグとメイク道具の入った可愛いデザインのポーチを取り出す。
最近見つけた趣味。
全くの別人になって、看護師さんにバレないかのスリルを楽しむ。
今のところ、親にすらバレたことはない。
明るい茶髪のウィッグを被り、多目的トイレへ入る。
ポーチからメイク道具を出して、手際よくメイクをしていく。
まつげをくるんと上向かせ、マスカラを塗り、桜色のチークをほっぺに塗布し、赤色のリップを唇にのせる。
茶髪のウィッグをヘアアイロンでゆる〜く巻いて。前髪を整えて。横の触覚も忘れずに。
「ん"ん"っ、ん……あーあー」
裏声を混ぜた、可愛い女声。
今日は……。
「ウチは麗学園高等部、雪沢みやび」
鏡を見ながらそう言って、ニコッと微笑む。
今からウチは雪沢みやびちゃん。
流行りの最先端をいくギャルなんだっ!
そう自分に言い聞かせて、服を着替える。
そして着ていた服をバッグにしまう。
うんうん、どっからどーみても可愛いギャルだ!
トイレを出て、ぱっちりした目で周りを見渡す。
よし、誰もいない!
「んんっ……」
ちょっとだけ咳払い。
えぇっと……屋上……あ、こっちだっけ。
たまに迷子になるんだよなぁ。
ドアノブを捻り、ドアを開ける。
あ、もう夕方だ……。
オレンジ色の夕日がウチの髪を遊ぶように通り抜けていく。
「ふぅ……」
ため息を吐き出し、夕日を浴びてピンク色に染まったマシュマロの雲を見る。
「疲れたなぁ……」
突然、ガチャッと扉が開いた。
っ……!?
びっくりして思わずドアの方を振り向く。
「あ、いた」
なっ……さっきの……!
「君……とばり、くん?」
とばりって……なんで、俺の本名……つか、俺今変装して……!
「えっとぉ……だ、誰のこと、ですかぁ?」
出来るだけぶりっこ声で、指で髪をくるくる巻き付ける。
「いやいやいや、冗談キツイって」
は?
突然そう言ってニヤニヤ笑うアイツ。
何様だよ!?
怖すぎて寒気がしてくる。
「私、二宮ゆいですけどぉ……」
最悪な空気に包まれながら、彼を見つめる。
「あー、ごめんごめん……」
はぁーあとため息をついて、こっちを見た彼。
「君、黒野帷くんでしょ」
「っ、違うし……!」
なんで、どうして。
今まで1度もバレたことがないのに。
ウソだ、ウソだ。
単なるハッタリのはず。
相当焦っていたのか、俺は咄嗟にジリジリと後ずさっていた。
「ねぇ、帷くん」
ドンッと屋上の柵にぶつかる。
「っ……」
何をされるか怖すぎて、ぎゅっと目を瞑る。
すると、彼は俺の手を握ってきて、グイッと引っ張ってきた。
「い……やだっ」
「まぁまぁ、いーからいーから」
コイツっ……力、強っ……!
振りほどこうにも抵抗出来ず、俺はただアイツの引っ張られるがままだった。
屋上を出て、廊下をどんどん進んでいく。
はぁ、はぁ……。
だんだん息が荒くなってきたとき。
不意にピタッと足が止まる。
んだよ、ここ……。
キョロキョロと辺りを見渡していると、アイツはニコッと笑って言った。
「着いたよ!とりあえずメイク落とそ?」
お母さんびっくりしちゃうよ、と言ってアイツは俺のロッカーを指さす。
っ、なんで、知ってるんだ……!
怖すぎる……。
こいつの考えていることが読めない。
しぶしぶロッカーの鍵を開け、荷物を取り出す。
「やっぱり帷くんだった」
嬉しそうに笑うこいつ。
ギロリと睨みつけてから1人でスタスタ歩く。
「待ってよ〜」
ふんっと顔を背け、トイレに向かう。
ちょっと場所が離れてるのが気まずい……。
まず個室に入って服を着替えて、メイクを落とす。
素顔になった俺を見て、ふっと笑ったこいつ。
「じゃあ、行こっか!」
ぎゅっと手を握られ、引っ張られる。
「ちょっ……え!?」
何する気だ……!?
咄嗟にスマホを取り出す。
電話の画面を開き、110、と押して彼に見せつける。
「今すぐ……この番号に電話したっていいんだぞ」
そう言ってギロリと睨みつけると、彼は驚いたような顔をして俺からぱっと手を離した。
……えっ。意外とあっさり引き下がるやん。
そして、俺のスマホをじっと眺めると、ふっと吹き出した。
「帷くんってばぁ、笑わせないでよ〜。ここは病院だよ?」
っ!?
慌てて画面を確認すると。
「圏外……!?」
ウソ、だろ……!
「ほらほら〜、やなようにはしないからさっ」
うぅ……っ。
ぐっと唇を強く噛み締める。
抵抗できない不甲斐なさに、ただただ打ちひしがれながら必死に足を動かす。
そのうち涙が頬を伝いそうになり、ぐっと手で拭う。
中学に上がってから兄貴に染められた茶髪。
さらりと揺れた前髪が霞んでいく。
前に視線を戻すと、もう自分では絶対に戻れないであろう場所にたどり着いてしまった。
何処だよ……ここ……。
キョロキョロと辺りを見渡していると、彼は「着いたー!」と嬉しそうにとある部屋を指さす。
「何する気だよ……!?」
ドアに手をかけると、勢いよく開けた。
「……っ!?」
なんだこれ……!?
なんか……キラキラしてる……?
すっげぇ……飾り付け。
あれ、アルファベットが描いてある……?
「はっぴー……ばーすでー……?」
俺がそう呟いた瞬間。
パンパンパンッと音が響いて、思わず目を瞑る。
何……。
目を開くと、俺の担当看護師と主治医、親、友達が満面の笑みでクラッカーを握っていた。
「えっ……」
そう漏らすと、誰かがバッと近づいてきた。
「久しぶりだなぁ〜、帷っ!」
「ひなた……るい……ふたば……!」
3人とも、クラスメイト兼部活のチームメイトの大親友。
「なんでここに!?」
「お前の友達に呼ばれてきたんだよ」
友達……? 誰のことだ?
「何言ってんだよ。ほら、そこにいるアイツだよ! 友達だろ?」
陽向の指さしている先を見ると……。
「はっ……?」
アイツ……。
なんで……俺の誕生日、知って……。
意味、わかんねえ……。
「はい、帷くん!」
アイツからジュースの入ったマグカップを渡され、それを一気に飲み干す。
「うま……」
「やっぱり!好きだと思った!コーラ!」
満面の笑みでそう告げてくるアイツ。
「これから、よろしくね!」
悪いヤツでは……ないのか?
わかんねぇことだらけだけど……。
1度、信頼してみてもいいかな。
「帷で、いいから」
思い切ってそう口にする。
アイツの顔はみるみる明るくなって。
「俺、隼人な!」
ニカッと笑って、手を差し出してくるアイツ……隼人。
おずおずと手を握り返す。
「これからよろしくな!!」
そのクサイ言葉に笑いながら、頷いてやった。
あのときの俺は、白血病の薬の副作用で気持ち悪くてイライラしていた。
なんでも物に当たってストレス発散。
親と医者には反抗しまくって。
入ってはいけない屋上に入りまくって。
いわゆる反抗期。
そんなとき、隼人が親に連れられて病室に入ってきた。
当時俺は個室じゃなくて5人部屋だったから、毎日うるさくてたまらなかった。
『あら隼人、看護師さんが言ってた通りね!歳が近そうな男の子じゃない!』
俺の方を指さして、アイツの親はそう言った。
はぁ?
指さすんじゃねぇよ……。
俺が声を荒らげようとした瞬間。
「ちょっ、母さん!なんで指さしてんだよ、やめろよ!失礼だろ!」
隼人、と呼ばれた男が冷ややかに眉をひそめながら親に向かってそう言った。
俺の親は異常だから、俺がこんなこと言ったら混乱してパニックを起こすに違いない。
俺は手に持っていたスマホをベッドに投げつけて立ち上がる。
まるで怒ったかのように。
「っおい母さん……!」
「あら?」
案の定、俺の演技に引っかかった。
……ふん、馬鹿な奴。
乱暴にドアを閉めて、イラついているアピールをする。
そのまま振り向かずに歩く。
何処に行くか……その前に、変装しよ。
鍵付きのロッカーを開け、中からウィッグとメイク道具の入った可愛いデザインのポーチを取り出す。
最近見つけた趣味。
全くの別人になって、看護師さんにバレないかのスリルを楽しむ。
今のところ、親にすらバレたことはない。
明るい茶髪のウィッグを被り、多目的トイレへ入る。
ポーチからメイク道具を出して、手際よくメイクをしていく。
まつげをくるんと上向かせ、マスカラを塗り、桜色のチークをほっぺに塗布し、赤色のリップを唇にのせる。
茶髪のウィッグをヘアアイロンでゆる〜く巻いて。前髪を整えて。横の触覚も忘れずに。
「ん"ん"っ、ん……あーあー」
裏声を混ぜた、可愛い女声。
今日は……。
「ウチは麗学園高等部、雪沢みやび」
鏡を見ながらそう言って、ニコッと微笑む。
今からウチは雪沢みやびちゃん。
流行りの最先端をいくギャルなんだっ!
そう自分に言い聞かせて、服を着替える。
そして着ていた服をバッグにしまう。
うんうん、どっからどーみても可愛いギャルだ!
トイレを出て、ぱっちりした目で周りを見渡す。
よし、誰もいない!
「んんっ……」
ちょっとだけ咳払い。
えぇっと……屋上……あ、こっちだっけ。
たまに迷子になるんだよなぁ。
ドアノブを捻り、ドアを開ける。
あ、もう夕方だ……。
オレンジ色の夕日がウチの髪を遊ぶように通り抜けていく。
「ふぅ……」
ため息を吐き出し、夕日を浴びてピンク色に染まったマシュマロの雲を見る。
「疲れたなぁ……」
突然、ガチャッと扉が開いた。
っ……!?
びっくりして思わずドアの方を振り向く。
「あ、いた」
なっ……さっきの……!
「君……とばり、くん?」
とばりって……なんで、俺の本名……つか、俺今変装して……!
「えっとぉ……だ、誰のこと、ですかぁ?」
出来るだけぶりっこ声で、指で髪をくるくる巻き付ける。
「いやいやいや、冗談キツイって」
は?
突然そう言ってニヤニヤ笑うアイツ。
何様だよ!?
怖すぎて寒気がしてくる。
「私、二宮ゆいですけどぉ……」
最悪な空気に包まれながら、彼を見つめる。
「あー、ごめんごめん……」
はぁーあとため息をついて、こっちを見た彼。
「君、黒野帷くんでしょ」
「っ、違うし……!」
なんで、どうして。
今まで1度もバレたことがないのに。
ウソだ、ウソだ。
単なるハッタリのはず。
相当焦っていたのか、俺は咄嗟にジリジリと後ずさっていた。
「ねぇ、帷くん」
ドンッと屋上の柵にぶつかる。
「っ……」
何をされるか怖すぎて、ぎゅっと目を瞑る。
すると、彼は俺の手を握ってきて、グイッと引っ張ってきた。
「い……やだっ」
「まぁまぁ、いーからいーから」
コイツっ……力、強っ……!
振りほどこうにも抵抗出来ず、俺はただアイツの引っ張られるがままだった。
屋上を出て、廊下をどんどん進んでいく。
はぁ、はぁ……。
だんだん息が荒くなってきたとき。
不意にピタッと足が止まる。
んだよ、ここ……。
キョロキョロと辺りを見渡していると、アイツはニコッと笑って言った。
「着いたよ!とりあえずメイク落とそ?」
お母さんびっくりしちゃうよ、と言ってアイツは俺のロッカーを指さす。
っ、なんで、知ってるんだ……!
怖すぎる……。
こいつの考えていることが読めない。
しぶしぶロッカーの鍵を開け、荷物を取り出す。
「やっぱり帷くんだった」
嬉しそうに笑うこいつ。
ギロリと睨みつけてから1人でスタスタ歩く。
「待ってよ〜」
ふんっと顔を背け、トイレに向かう。
ちょっと場所が離れてるのが気まずい……。
まず個室に入って服を着替えて、メイクを落とす。
素顔になった俺を見て、ふっと笑ったこいつ。
「じゃあ、行こっか!」
ぎゅっと手を握られ、引っ張られる。
「ちょっ……え!?」
何する気だ……!?
咄嗟にスマホを取り出す。
電話の画面を開き、110、と押して彼に見せつける。
「今すぐ……この番号に電話したっていいんだぞ」
そう言ってギロリと睨みつけると、彼は驚いたような顔をして俺からぱっと手を離した。
……えっ。意外とあっさり引き下がるやん。
そして、俺のスマホをじっと眺めると、ふっと吹き出した。
「帷くんってばぁ、笑わせないでよ〜。ここは病院だよ?」
っ!?
慌てて画面を確認すると。
「圏外……!?」
ウソ、だろ……!
「ほらほら〜、やなようにはしないからさっ」
うぅ……っ。
ぐっと唇を強く噛み締める。
抵抗できない不甲斐なさに、ただただ打ちひしがれながら必死に足を動かす。
そのうち涙が頬を伝いそうになり、ぐっと手で拭う。
中学に上がってから兄貴に染められた茶髪。
さらりと揺れた前髪が霞んでいく。
前に視線を戻すと、もう自分では絶対に戻れないであろう場所にたどり着いてしまった。
何処だよ……ここ……。
キョロキョロと辺りを見渡していると、彼は「着いたー!」と嬉しそうにとある部屋を指さす。
「何する気だよ……!?」
ドアに手をかけると、勢いよく開けた。
「……っ!?」
なんだこれ……!?
なんか……キラキラしてる……?
すっげぇ……飾り付け。
あれ、アルファベットが描いてある……?
「はっぴー……ばーすでー……?」
俺がそう呟いた瞬間。
パンパンパンッと音が響いて、思わず目を瞑る。
何……。
目を開くと、俺の担当看護師と主治医、親、友達が満面の笑みでクラッカーを握っていた。
「えっ……」
そう漏らすと、誰かがバッと近づいてきた。
「久しぶりだなぁ〜、帷っ!」
「ひなた……るい……ふたば……!」
3人とも、クラスメイト兼部活のチームメイトの大親友。
「なんでここに!?」
「お前の友達に呼ばれてきたんだよ」
友達……? 誰のことだ?
「何言ってんだよ。ほら、そこにいるアイツだよ! 友達だろ?」
陽向の指さしている先を見ると……。
「はっ……?」
アイツ……。
なんで……俺の誕生日、知って……。
意味、わかんねえ……。
「はい、帷くん!」
アイツからジュースの入ったマグカップを渡され、それを一気に飲み干す。
「うま……」
「やっぱり!好きだと思った!コーラ!」
満面の笑みでそう告げてくるアイツ。
「これから、よろしくね!」
悪いヤツでは……ないのか?
わかんねぇことだらけだけど……。
1度、信頼してみてもいいかな。
「帷で、いいから」
思い切ってそう口にする。
アイツの顔はみるみる明るくなって。
「俺、隼人な!」
ニカッと笑って、手を差し出してくるアイツ……隼人。
おずおずと手を握り返す。
「これからよろしくな!!」
そのクサイ言葉に笑いながら、頷いてやった。