危険な略奪愛 お嬢様は復讐者の手に堕ちる
いっそ名前を変えて、まっさらな自分として評価を受けたい。箸にも棒にもかからなくてもいい。
そこに宝来すみれの名はいらない。この先努力を重ねたところで、まっとうな評価が得られないのだとしたら、頑張る意味など存在するのだろうか。
わざわざ大手を避けてひっそりやっていくつもりだったのに、どこへ行っても父の名からは逃れられない。
なにを作ったかより、誰か作ったかが重視されるなど、どこの世界でもある。だが、全く関係のない世界での父の権力がこんなところにまで及ぶのならば、自分が頑張る意味などあるのだろうか。
涙が自然と出る。
情けなさと悔しさと、自己嫌悪から、心がぐちゃぐちゃだった。
会場に戻る気分にはなれず、一人でデッキへと向かう。
潮風が濡れた頬を撫で、髪を揺らす。
──こんな日なのに、泣いちゃ駄目だ。
こんな時は、なにが正解でなにが間違いなのかわからなくなる。
船首のほうを見ると、そこには誰かがいた。
父の秘書、片桐蓮だった。遠い海の向こうを見る瞳が、なぜだかひどく悲しげに見えた。すみれは、そのもの言わぬ背中から片桐が泣いているように思えた。
しばらくの間、すみれはその後ろ姿から目を離せなかった。