大魔導士は果てのない愛を金の環にこめて
プロローグ
魔法王国エスタシオン。
大陸の脅威だったイヴェール王国を下して新しい大国となったその国の首都は活気に満ち溢れていて、宮殿にも街の人々の笑い声が届いている。
敗戦国の王族が連れてこられている、この謁見の間に。
もともと華美な装飾を嫌う性質があるエスタシオンの謁見の間は簡素ながらも趣の良いしつらえで、黒い壁に金色の華奢な装飾が美しい。
その部屋の中央に連れてこられたわたしは、両手を鎖につながれたままエスタシオン王の前に跪く。
亡国イヴェールの姫として捕らえられて、これから処遇が言い渡されるのだ。
ここに来る途中までに通りがかった近衛兵たちの噂話を聞いて察する限りだと、お兄様やお姉さまたちの処遇と同じように、私も死刑にされるか塔に幽閉されるかのいずれかになるだろう。
どちらになっても良かった。
そもそもわたしは落胤姫として誰にも必要とされず、イヴェールでは食事出ることなんて稀で、見向きもされない存在だった。
わたしを捕らえたエスタシオンの騎士がその境遇を報告したそうで、お兄様たちと同じように罰するか、違う罰にするのか、エスタシオン王と宰相が相談しているのが聞こえてくる。
どうなるのかわからないけど不安はなかった。
イヴェールで味わった苦しみから解放されるのだから。
頭を下げてエスタシオン王の言葉を待ち続けていると囁き声が聞こえ、次いで固い革靴の音が近づいてくる。すると目の前に黒く光る靴の先が見えた。
「顔を上げなさい」
落ち着いた声に話しかけられて顔を上げると目の前には美しい顔立ちの男性が立っている。
少し長めの銀色の髪は神々しく仄かに光を帯びているようで、前髪の合間から覗くのは青い宝石のように透き通って美しい瞳。
精巧に作られた彫刻のように美しいけど、首筋や頬の輪郭には男らしさがあった。
かつて幼い頃に言葉を交わしていた捕虜の美しい少年の姿が目の前の彼に重なる。
すると薄く形の整った唇が開かれた。
「私があなたを引き取ります。あなたは今日から姫ではなく大魔導士エドヴァルド・リンドハーゲンの侍従――平民になるのです」
「エド……あなた、無事だったのね」
あの時も人形のように美しかったエドは、今や立派な大魔導士になっていた。お父様の気まぐれでエドが知らない場所に連れていかれてしまったと聞いた時は殺されてしまったのかもしれないと思って朝も夜も忘れて泣いていたけど、女神様はこの優しいエドをちゃんと救ってくれたらしい。
しかしエドはかつての柔和な微笑みを見せることなく、手を前に出す。
「私に忠誠を誓いなさい。今ここで、あなたが私を裏切らないように魔法で契約を結びましょう」
わたしの身を案じ微笑みを向けてくれていた少年はもういなかった。
エドの言う忠誠を誓う契約魔法はその昔、王が騎士に使っていたもので。
裏切りを起こしたり王の不興を買えば殺されることもあり得ると聞いたことがある。
それでもわたしはエドとの優しい思い出に縋りたくて、頷いて彼の指の付け根に口づけを落す。
「わたくしセラフィーナ・エメリ・イヴェールは、この身と心と命を、大魔導士エドヴァルド・リンドハーゲン様に捧げます」
誓いの言葉を最後まで言い終えると二つの光りが現れた。一つはエドの薬指に、もう一つはわたしの首元に、金色に光る環が現れる。
フェデーリタースの環。
契約が成立した二人を繋げる証となるこの金色の環は、主であるエドが望まない限りは解かれることがない。
こうしてかつて微笑みあって言葉を交わしていたその人は今、近くて遠い存在になった。
それでもわたしは、エドと――初恋の人との繋がりとなったこの魔法を、愛おしく思う。
たとえ目の前のエドが冷たい視線を注いでいたとしても。
大陸の脅威だったイヴェール王国を下して新しい大国となったその国の首都は活気に満ち溢れていて、宮殿にも街の人々の笑い声が届いている。
敗戦国の王族が連れてこられている、この謁見の間に。
もともと華美な装飾を嫌う性質があるエスタシオンの謁見の間は簡素ながらも趣の良いしつらえで、黒い壁に金色の華奢な装飾が美しい。
その部屋の中央に連れてこられたわたしは、両手を鎖につながれたままエスタシオン王の前に跪く。
亡国イヴェールの姫として捕らえられて、これから処遇が言い渡されるのだ。
ここに来る途中までに通りがかった近衛兵たちの噂話を聞いて察する限りだと、お兄様やお姉さまたちの処遇と同じように、私も死刑にされるか塔に幽閉されるかのいずれかになるだろう。
どちらになっても良かった。
そもそもわたしは落胤姫として誰にも必要とされず、イヴェールでは食事出ることなんて稀で、見向きもされない存在だった。
わたしを捕らえたエスタシオンの騎士がその境遇を報告したそうで、お兄様たちと同じように罰するか、違う罰にするのか、エスタシオン王と宰相が相談しているのが聞こえてくる。
どうなるのかわからないけど不安はなかった。
イヴェールで味わった苦しみから解放されるのだから。
頭を下げてエスタシオン王の言葉を待ち続けていると囁き声が聞こえ、次いで固い革靴の音が近づいてくる。すると目の前に黒く光る靴の先が見えた。
「顔を上げなさい」
落ち着いた声に話しかけられて顔を上げると目の前には美しい顔立ちの男性が立っている。
少し長めの銀色の髪は神々しく仄かに光を帯びているようで、前髪の合間から覗くのは青い宝石のように透き通って美しい瞳。
精巧に作られた彫刻のように美しいけど、首筋や頬の輪郭には男らしさがあった。
かつて幼い頃に言葉を交わしていた捕虜の美しい少年の姿が目の前の彼に重なる。
すると薄く形の整った唇が開かれた。
「私があなたを引き取ります。あなたは今日から姫ではなく大魔導士エドヴァルド・リンドハーゲンの侍従――平民になるのです」
「エド……あなた、無事だったのね」
あの時も人形のように美しかったエドは、今や立派な大魔導士になっていた。お父様の気まぐれでエドが知らない場所に連れていかれてしまったと聞いた時は殺されてしまったのかもしれないと思って朝も夜も忘れて泣いていたけど、女神様はこの優しいエドをちゃんと救ってくれたらしい。
しかしエドはかつての柔和な微笑みを見せることなく、手を前に出す。
「私に忠誠を誓いなさい。今ここで、あなたが私を裏切らないように魔法で契約を結びましょう」
わたしの身を案じ微笑みを向けてくれていた少年はもういなかった。
エドの言う忠誠を誓う契約魔法はその昔、王が騎士に使っていたもので。
裏切りを起こしたり王の不興を買えば殺されることもあり得ると聞いたことがある。
それでもわたしはエドとの優しい思い出に縋りたくて、頷いて彼の指の付け根に口づけを落す。
「わたくしセラフィーナ・エメリ・イヴェールは、この身と心と命を、大魔導士エドヴァルド・リンドハーゲン様に捧げます」
誓いの言葉を最後まで言い終えると二つの光りが現れた。一つはエドの薬指に、もう一つはわたしの首元に、金色に光る環が現れる。
フェデーリタースの環。
契約が成立した二人を繋げる証となるこの金色の環は、主であるエドが望まない限りは解かれることがない。
こうしてかつて微笑みあって言葉を交わしていたその人は今、近くて遠い存在になった。
それでもわたしは、エドと――初恋の人との繋がりとなったこの魔法を、愛おしく思う。
たとえ目の前のエドが冷たい視線を注いでいたとしても。
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