大魔導士は果てのない愛を金の環にこめて
小休憩
耳を澄ませば、カリカリと羽ペンが文字を刻む音が聞こえてくる。乾いた紙が捲られる音に、微かな布ずれの音。
エドの私室はそれらの音で完結されており、至って静かな世界である。
見張られること以外何もすることのないわたしにとってはいささか苦行のように感じられる静けさだ。
「あのぅ……旦那様、せめてお茶を淹れることくらいさせてください」
自分の声が妙に大きく聞こえてしまい、いたたまれない。
エドは目を通していた資料からゆっくりと顔を上げ、少し思案して見せたが、「いいでしょう」と手短な許可をくれた。
わたしは扉の近くに置かれているワゴンに駆け寄り、ポットの中に茶葉を入れる。ワゴンの下の段には保温魔法の掛けられている特殊な水差しがあり、それを傾けて用意したカップの中にお湯を注ぐ。
(ドリスさんから、王宮でお茶を淹れる方法を聞いていてよかった)
かつて王宮で働いていたことのあるドリスさんが、王宮では魔法具に湯を入れてそれぞれの部屋に備えてあると教えてくれたのだ。
そうすることで湯が冷めたからといって何度も使用人を出入りさせる手間が省けるらしい。それに、いちいち毒を確かめる必要もなく効率的なのだとか。
(魔法王国エスタシオンならではの知恵ね)
カップに触れて温度を確かめてからポットの中にお湯を移す。それからはドリスさんに教えてもらった通りにお茶を淹れた。
ふわりと芳醇な紅茶の香りが漂うと、一仕事終えたような達成感を覚える。
「旦那様、お茶を運びますね――あら?」
振り返れば、エドはじっとこちらを見ている。ぼんやりと、と表現するのが的確かもしれない。
それはまるで、遠い昔の記憶に想いを馳せているようにも見えた。
「そんなに用心して見張らなくても、毒を入れたりなんてしませんよ? 第一、ここは銀器で揃えているのですから、毒を入れたらすぐに知られてしまいます」
わたしはエドの目の前にカップを置く。その傍に砂糖が入った壺を置き、一歩下がってエドを見守る。
エドの長くて整った形の指が壺の蓋を開け、角砂糖を一つ入れる。たぷんと揺れる水面に小匙が差し込まれて混ぜられる。
じっと見られているのが居心地が悪いのか、エドが振り返り、視線を投げてきた。
見つめ合ったままの気まずい沈黙が流れる。
「あ、あの。先ほどは助けていただきありがとうございました。旦那様はわたしが騎士が苦手であることを、覚えてくださっていたのですね」
「……グランヴィル卿は候爵家の次男。この国で力を持つ家の者に失態を見せるわけにはいかないから予防線を張ったまでです」
「それでも、ありがとうございます。怖くて焦っていたわたしを助けてくれた旦那様はとても格好良くて見惚れてしまいました」
そう伝えるや否や、エドは口元を押さえて盛大にむせてしまう。
「旦那様?! 大丈夫ですか?!」
「気にするな。気にしなくていいから座椅子に戻って後ろを向いていてくれ」
「なぜ後ろを……?」
質問したところで旦那様は答えてくれず、私は昼食になるまで旦那様に背を向けて座り続けるしかなかった。
エドの私室はそれらの音で完結されており、至って静かな世界である。
見張られること以外何もすることのないわたしにとってはいささか苦行のように感じられる静けさだ。
「あのぅ……旦那様、せめてお茶を淹れることくらいさせてください」
自分の声が妙に大きく聞こえてしまい、いたたまれない。
エドは目を通していた資料からゆっくりと顔を上げ、少し思案して見せたが、「いいでしょう」と手短な許可をくれた。
わたしは扉の近くに置かれているワゴンに駆け寄り、ポットの中に茶葉を入れる。ワゴンの下の段には保温魔法の掛けられている特殊な水差しがあり、それを傾けて用意したカップの中にお湯を注ぐ。
(ドリスさんから、王宮でお茶を淹れる方法を聞いていてよかった)
かつて王宮で働いていたことのあるドリスさんが、王宮では魔法具に湯を入れてそれぞれの部屋に備えてあると教えてくれたのだ。
そうすることで湯が冷めたからといって何度も使用人を出入りさせる手間が省けるらしい。それに、いちいち毒を確かめる必要もなく効率的なのだとか。
(魔法王国エスタシオンならではの知恵ね)
カップに触れて温度を確かめてからポットの中にお湯を移す。それからはドリスさんに教えてもらった通りにお茶を淹れた。
ふわりと芳醇な紅茶の香りが漂うと、一仕事終えたような達成感を覚える。
「旦那様、お茶を運びますね――あら?」
振り返れば、エドはじっとこちらを見ている。ぼんやりと、と表現するのが的確かもしれない。
それはまるで、遠い昔の記憶に想いを馳せているようにも見えた。
「そんなに用心して見張らなくても、毒を入れたりなんてしませんよ? 第一、ここは銀器で揃えているのですから、毒を入れたらすぐに知られてしまいます」
わたしはエドの目の前にカップを置く。その傍に砂糖が入った壺を置き、一歩下がってエドを見守る。
エドの長くて整った形の指が壺の蓋を開け、角砂糖を一つ入れる。たぷんと揺れる水面に小匙が差し込まれて混ぜられる。
じっと見られているのが居心地が悪いのか、エドが振り返り、視線を投げてきた。
見つめ合ったままの気まずい沈黙が流れる。
「あ、あの。先ほどは助けていただきありがとうございました。旦那様はわたしが騎士が苦手であることを、覚えてくださっていたのですね」
「……グランヴィル卿は候爵家の次男。この国で力を持つ家の者に失態を見せるわけにはいかないから予防線を張ったまでです」
「それでも、ありがとうございます。怖くて焦っていたわたしを助けてくれた旦那様はとても格好良くて見惚れてしまいました」
そう伝えるや否や、エドは口元を押さえて盛大にむせてしまう。
「旦那様?! 大丈夫ですか?!」
「気にするな。気にしなくていいから座椅子に戻って後ろを向いていてくれ」
「なぜ後ろを……?」
質問したところで旦那様は答えてくれず、私は昼食になるまで旦那様に背を向けて座り続けるしかなかった。