大魔導士は果てのない愛を金の環にこめて
大魔導士の婚約者
「フィー、婚約おめでとう」
エドと想いを伝えあった翌日、朝食を運びに来てくれたドリスさんが、わたしの顔を見るなりお祝いしてくれた。
「旦那様がフィーをこの部屋に閉じ込めた時はどうなるかと気を揉んでいたけど、杞憂に終わったようだね」
「ご迷惑をおかけしました……」
「いいんだよ。うちの当主様に妻ができるのだから、使用人たちはみんな抱き合って喜んだものさ」
私とエドは婚約することになり、使用人たちに一番に伝えられたらしい。
女性の影が無く、他家からお見合いの釣り書きが届くと捨ててしまうエドの姿を見てきた彼らは、エドが一生涯独身を貫くのでは、と心配していたそうだ。
「仕事か魔法の研究しかしていなかったあの旦那様が結婚式の準備に燃えているから驚いたよ。愛は人を変えてしまうものだねぇ」
照れくささを隠しつつ朝食のサラダをつついていると、扉を叩く音がした。
ドリスさんはニヤリと意味ありげに微笑み、「噂をしたら来たね」と言って扉を開ける。
「おやおや、旦那様。出勤前に婚約者に会いに来たのですね。それでは、邪魔者は廊下で待機していますよ」
扉の向こうにドリスさんが消えてしまうと、入れ違いでエドが部屋の中に入ってきた。
漆黒のローブを身に纏うエドの大魔導士たる貫録に目を瞠る。
ローブにかかる銀色の髪は仄かに光を帯びているようで神々しい。
「おはようございます。朝食中に訪ねてすみません。これから王宮へ行くので、どうしてもあなたの顔を見たかったのです」
深みのある青い瞳に捕らえられ、心臓が早鐘を打つ。
「朝一番にエドの顔を見られて嬉しいです。お仕事頑張ってくださいね」
「……」
少しの沈黙の後、エドの手がわたしの髪に触れ、柔らかな動きで梳き流してくれた。
「ええ、頑張ってきますから、どうかここから逃げ出さずに待っていてくださいね」
「逃げたりなんてしませんよ。エドのことが大好きですから」
エドはほろりと弱々しく微笑む。
何か悲しいことがあったのかしら。
それとも、何か嫌な仕事が待っているのかしら。
毎日の生活がこの部屋の中で完結してしまっているわたしには、その笑顔の理由が掴めない。
「ずっと側にいますからね」
手を伸ばして、エドを抱きしめる。
微かに身じろぎしたエドが、体の強張りを解いて背中に手を回してくれた。
彼の胸に寄せた耳には、とくとくと心臓が脈打つ音が聞こえてくる。
「その約束、ずっと覚えていてくださいね」
頭にエドの唇が触れた。
ふわふわとした心地のまま、エドを見送る。
(ああ、なんて幸せなのかしら)
ずっと好きだった人の婚約者になった朝。
世界の何もかもが明るく、穏やかに映る。
この時のわたしは、これからエドとの幸せで平穏な日常が訪れるのだと信じきっていた。
エドと想いを伝えあった翌日、朝食を運びに来てくれたドリスさんが、わたしの顔を見るなりお祝いしてくれた。
「旦那様がフィーをこの部屋に閉じ込めた時はどうなるかと気を揉んでいたけど、杞憂に終わったようだね」
「ご迷惑をおかけしました……」
「いいんだよ。うちの当主様に妻ができるのだから、使用人たちはみんな抱き合って喜んだものさ」
私とエドは婚約することになり、使用人たちに一番に伝えられたらしい。
女性の影が無く、他家からお見合いの釣り書きが届くと捨ててしまうエドの姿を見てきた彼らは、エドが一生涯独身を貫くのでは、と心配していたそうだ。
「仕事か魔法の研究しかしていなかったあの旦那様が結婚式の準備に燃えているから驚いたよ。愛は人を変えてしまうものだねぇ」
照れくささを隠しつつ朝食のサラダをつついていると、扉を叩く音がした。
ドリスさんはニヤリと意味ありげに微笑み、「噂をしたら来たね」と言って扉を開ける。
「おやおや、旦那様。出勤前に婚約者に会いに来たのですね。それでは、邪魔者は廊下で待機していますよ」
扉の向こうにドリスさんが消えてしまうと、入れ違いでエドが部屋の中に入ってきた。
漆黒のローブを身に纏うエドの大魔導士たる貫録に目を瞠る。
ローブにかかる銀色の髪は仄かに光を帯びているようで神々しい。
「おはようございます。朝食中に訪ねてすみません。これから王宮へ行くので、どうしてもあなたの顔を見たかったのです」
深みのある青い瞳に捕らえられ、心臓が早鐘を打つ。
「朝一番にエドの顔を見られて嬉しいです。お仕事頑張ってくださいね」
「……」
少しの沈黙の後、エドの手がわたしの髪に触れ、柔らかな動きで梳き流してくれた。
「ええ、頑張ってきますから、どうかここから逃げ出さずに待っていてくださいね」
「逃げたりなんてしませんよ。エドのことが大好きですから」
エドはほろりと弱々しく微笑む。
何か悲しいことがあったのかしら。
それとも、何か嫌な仕事が待っているのかしら。
毎日の生活がこの部屋の中で完結してしまっているわたしには、その笑顔の理由が掴めない。
「ずっと側にいますからね」
手を伸ばして、エドを抱きしめる。
微かに身じろぎしたエドが、体の強張りを解いて背中に手を回してくれた。
彼の胸に寄せた耳には、とくとくと心臓が脈打つ音が聞こえてくる。
「その約束、ずっと覚えていてくださいね」
頭にエドの唇が触れた。
ふわふわとした心地のまま、エドを見送る。
(ああ、なんて幸せなのかしら)
ずっと好きだった人の婚約者になった朝。
世界の何もかもが明るく、穏やかに映る。
この時のわたしは、これからエドとの幸せで平穏な日常が訪れるのだと信じきっていた。