大魔導士は果てのない愛を金の環にこめて
すれ違う愛情
グランヴィル卿が訪ねてきたあの日以来、エドとは気まずい日々を送っている。
エドはわたしがいつか離れてしまうのだと思っているようで、以前にも増して部屋を訪ねて来るようになった。
朝と寝る前はもちろん、休日になれば一日中部屋の中に居るのだけれど交わす言葉なんて片手で数えられるほどで。
わたしが話しているのを、ただただ静かな眼差しで見守りながら耳を傾けているのだった。
重苦しい沈黙は真綿のように優しく包み込んでくれるが、けっして逃がしてくれない。
本を棚に戻すと、側に置いていたブローチがカタリと音を立てて存在を主張した。
エドは、グランヴィル卿が贈ってくれたこのブローチを取り上げることも壊すこともしなかった。
このブローチに関するすべての判断を委ねられたわたしは大いに悩み、ひとまず本棚の上に置いている。
グランヴィル卿からの贈り物とどのような距離感であるべきなのか悩んだ結果、わたしなりに考えた距離感がこの場所だったのだ。
「どうして、あの騎士から贈り物を受け取ったのですか?」
エドの抑揚のない声が耳に届く。
背を向けているためどのような表情なのかわからず、振り返るのが躊躇われた。
「返却不可と言われたからです」
「彼に告白されたのも理由の一つでしょうか?」
「……っ!」
思いも寄らぬ問いかけに驚き、弾かれたように肩が跳ねた。
迂闊だった。あまりにもわかりやすい反応をしてしまった自分を呪いたくなる。
「やはりそうだったのですね」
「だけど、わたしにはエドがいるので断りました」
「ええ、あなたは婚約した身であるから断るでしょうね。――そして、人の気持ちに応えられなかった自分を責め、罪悪感に苛まれるのです」
エドの声は淡々と言葉を紡いでおり、自分の怒りをぶつけまいと抑え込んでいるのが見て取れる。
その葛藤を目の当たりにして、胸が締め付けられているかのように苦しくなる。
わたしがこの世で一番大切に想っている人はエドであることを、エドに知って欲しいのに、言葉を交わせば交わすほど、気持ちがすれ違ってしまっている。
途方に暮れるわたしの頬を、エドの大きな掌が包む。
「これから戦地に赴きます。イヴェールが消えたのをきっかけに勢力を伸ばしている国が、同盟国を攻撃しています。国王陛下の要請を受けて応戦することになりました」
「……!」
いつかはそのような国が現れるだろうと予想していたが、こんなにも早く台頭してくるとは思わなかった。
国が一つ消えれば、世界の流れが変わる。
どの国も他国の出方を窺い、探りを入れ、そして来たるべき戦いに向けて武器を揃える。
(イヴェールは少しずつ力を失っていったから、準備する期間が十分あったのね。だから、こんなにも早くに動き出したんだわ)
大魔導士のエドが呼ばれるということは強敵なのだろう。
この国随一の――いや、この大陸随一の魔導士といえど、先の戦争が終わってから休む間もなく戦争に駆り出されるなんて体がもたないのではないだろうか。
「嫌です。絶対に、行かないでください!」
「……フィーは、私を止めてくれるのですね」
一層寂しさのこもった声で呟くエドの瞳は、虚ろ気で底光りしていた。
「待っていてください。結婚式の予定を変えるつもりはありませんので、早く終わらせてきます」
エドの手が頬から離れる。
少しずつ開いていく距離に寂しさを覚えるのと同時に、得体のしれない不吉さを予兆して胸騒ぎがした。
「エド――」
「言い忘れていました。あの騎士を部屋に入れないようにしてください。この部屋に入ってきた男を呪うように術式を編みましたから」
そう言い残して、エドは部屋を出てしまった。
気持ちを伝えられないまま、心に触れられないまま、旅立つエドの背中を見送った。
エドはわたしがいつか離れてしまうのだと思っているようで、以前にも増して部屋を訪ねて来るようになった。
朝と寝る前はもちろん、休日になれば一日中部屋の中に居るのだけれど交わす言葉なんて片手で数えられるほどで。
わたしが話しているのを、ただただ静かな眼差しで見守りながら耳を傾けているのだった。
重苦しい沈黙は真綿のように優しく包み込んでくれるが、けっして逃がしてくれない。
本を棚に戻すと、側に置いていたブローチがカタリと音を立てて存在を主張した。
エドは、グランヴィル卿が贈ってくれたこのブローチを取り上げることも壊すこともしなかった。
このブローチに関するすべての判断を委ねられたわたしは大いに悩み、ひとまず本棚の上に置いている。
グランヴィル卿からの贈り物とどのような距離感であるべきなのか悩んだ結果、わたしなりに考えた距離感がこの場所だったのだ。
「どうして、あの騎士から贈り物を受け取ったのですか?」
エドの抑揚のない声が耳に届く。
背を向けているためどのような表情なのかわからず、振り返るのが躊躇われた。
「返却不可と言われたからです」
「彼に告白されたのも理由の一つでしょうか?」
「……っ!」
思いも寄らぬ問いかけに驚き、弾かれたように肩が跳ねた。
迂闊だった。あまりにもわかりやすい反応をしてしまった自分を呪いたくなる。
「やはりそうだったのですね」
「だけど、わたしにはエドがいるので断りました」
「ええ、あなたは婚約した身であるから断るでしょうね。――そして、人の気持ちに応えられなかった自分を責め、罪悪感に苛まれるのです」
エドの声は淡々と言葉を紡いでおり、自分の怒りをぶつけまいと抑え込んでいるのが見て取れる。
その葛藤を目の当たりにして、胸が締め付けられているかのように苦しくなる。
わたしがこの世で一番大切に想っている人はエドであることを、エドに知って欲しいのに、言葉を交わせば交わすほど、気持ちがすれ違ってしまっている。
途方に暮れるわたしの頬を、エドの大きな掌が包む。
「これから戦地に赴きます。イヴェールが消えたのをきっかけに勢力を伸ばしている国が、同盟国を攻撃しています。国王陛下の要請を受けて応戦することになりました」
「……!」
いつかはそのような国が現れるだろうと予想していたが、こんなにも早く台頭してくるとは思わなかった。
国が一つ消えれば、世界の流れが変わる。
どの国も他国の出方を窺い、探りを入れ、そして来たるべき戦いに向けて武器を揃える。
(イヴェールは少しずつ力を失っていったから、準備する期間が十分あったのね。だから、こんなにも早くに動き出したんだわ)
大魔導士のエドが呼ばれるということは強敵なのだろう。
この国随一の――いや、この大陸随一の魔導士といえど、先の戦争が終わってから休む間もなく戦争に駆り出されるなんて体がもたないのではないだろうか。
「嫌です。絶対に、行かないでください!」
「……フィーは、私を止めてくれるのですね」
一層寂しさのこもった声で呟くエドの瞳は、虚ろ気で底光りしていた。
「待っていてください。結婚式の予定を変えるつもりはありませんので、早く終わらせてきます」
エドの手が頬から離れる。
少しずつ開いていく距離に寂しさを覚えるのと同時に、得体のしれない不吉さを予兆して胸騒ぎがした。
「エド――」
「言い忘れていました。あの騎士を部屋に入れないようにしてください。この部屋に入ってきた男を呪うように術式を編みましたから」
そう言い残して、エドは部屋を出てしまった。
気持ちを伝えられないまま、心に触れられないまま、旅立つエドの背中を見送った。