大魔導士は果てのない愛を金の環にこめて
わたしのお仕事は
着替え終わったわたしは厨房に行ってドリスさんに声をかけた。
ドリスさんは仕事をしている手を止めると食器の位置や茶葉を教えてくれて、そのまま紅茶の淹れ方を教えてくれた。
ティーカップを温めてポットの中に茶葉を入れて蒸らす。その一連の動きには無駄がなくて見惚れてしまう。対してわたしがやってみるとガチャガチャと音を立てるしお湯が零れそうでみっともなかった。
それでもドリスさんから「なんとかなるさ」と励まされてエドがいる執務室へと送られる。
・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜
エドは机に向かって書類を書いていた。わたしが部屋の中に入ると一瞥してからまた書類に視線を走らせる。
「紅茶をお持ちしました」
「ああ、」
全くこちらを見てくれないけどそれでよかった。危なっかしい手つきで紅茶を淹れているところを見られたらきっと、使えないと思われそうだもの。
だから音を立てないようにして慎重に紅茶を淹れた。
ティーカップに琥珀色の雫を注ぐと芳しい香りが鼻孔をくすぐる。
我ながら初日にしては上出来かもしれない。そんな気持ちになってエドの元に紅茶を持っていくと、エドはペンを動かす手をピタリと止めて机の上に置かれたティーカップを見つめた。
飲もうとはせず、手に持つこともしない。
もしかして、わたしが毒を入れてないか疑っているのかも。
「あの、毒味した方がいいでしょうか?」
「いや、そのまま頂こう」
そのままエドは紅茶を一口飲む。
少しだけ表情が和らいだエドに、気になることを尋ねてみた。
「今日はもうお屋敷にいるのですか?」
「そうですね。午後は休暇を貰ったからこのままここにいます」
休暇を貰ったとはいえ、領地関係の書類を片付けているエドは忙しそうだ。
だから「お仕事頑張って下さい」と言ってそのまま部屋を出ようとすると呼び止められた。
何かしらと思ってエドの顔をじっと見ると、フイと目を逸らされる。
「なぜ外に出るのですか?」
「お仕事の邪魔になるかと……」
それに、ドリスさんはお茶を出すように言っていたけどエドのそばにいるようにとは言っていなかった。
だけどそれは見当違いだったらしい。
「ここにいなさい。必要になったら命令するから待っているといい」
「わかりました」
命令とはいえ、エドの部屋に残れるのが嬉しくて、頬が緩んでしまう。そっと両頬に手を当てて自分の頬がだらしなく下がっていないか確認していると、エドがちらと顔を上げる。
「そんなところに立っていないで座っていなさい」
「あの、主人の前で座る侍従はいないかと」
世間知らずな私でもそれくらいは知っている。だってお兄様やお姉さまについていた侍従はいつも扉の前に立って控えていたもの。
それでもエドは引かなかった。
「命令が守れないのですか?」
青い宝石のような瞳が射抜くように見つめてくるけど不思議と怖くなかった。むしろその瞳に愛おしさが募る。
「それではありがたく……座らせていただきます」
座っておくように指示された長椅子はふかふかとしていて触り心地が良い。イヴェールの王城ではこんな素晴らしい椅子なんてなかったから感激してしまう。
しかしそんな感動を伝えたいエドはもうここにはいない。もうあの笑顔を見れないのかもしれないと思うと胸がツキンと痛んだ。
謁見の間でエドを見た時は生きる希望を見つけたと思って喜びに満ち溢れていたのに、エドの中にエドが見当たらないとズキズキと胸が痛む。
だけどエドを見るたびに幸せな気持ちも湧きおこってわたしの心の中は忙しかった。
「……」
「……」
それにしても、この部屋は静かすぎる。エドがページを捲る音やペンを走らせる音だけが聞こえてくるものだから、唾を飲み込む音さえ聞かれてしまいそうだと思ってしまう。
そっと盗み見たエドは真剣な眼差しで書類を見ていて。
じいっと見つめてしまわないようにそっと視線を外した。
何もすることがなくて部屋の中を観察したけど、それでも時間を持て余してしまう。
待てども待てどもお仕事の命令がこない。
やがてページを捲る音が子守歌になったのか、気づけば船を漕いでいた。
必死になって睡魔に抗おうとしているのに瞼は従順に閉じていく。
ああ、ダメだ。
抵抗も虚しく意識が遠のいているとエドの声が聞こえてきた。
「フィー、こんな方法でしかあなたを守れなくてすまない」
かつてエドが呼んでくれていた名前をエドが呼んでくれている。
もう夢の世界に入り込んでしまったようだ。都合がいい夢を見ている。
だからその夢に甘えたかった。
「エド、わたしのこと嫌いにならないでいてくれる?」
唯一の味方だったあなたに捨てられたくない。
そんな気持ちで問いかけると手首に柔らかなものが押し当てられた感覚がする。
「むしろ狂おしいほどに愛しています」
なんて都合がいい夢をみているんだろう。
夢とはわかっていてもエドの声でその言葉を聞けるのは嬉しかった。
やがて手首に当たるその感覚は掌や手の甲にも降りてくる。じんわりと温かな熱が伝わるこの感覚の正体を考えてみたけどわからなかった。
ドリスさんは仕事をしている手を止めると食器の位置や茶葉を教えてくれて、そのまま紅茶の淹れ方を教えてくれた。
ティーカップを温めてポットの中に茶葉を入れて蒸らす。その一連の動きには無駄がなくて見惚れてしまう。対してわたしがやってみるとガチャガチャと音を立てるしお湯が零れそうでみっともなかった。
それでもドリスさんから「なんとかなるさ」と励まされてエドがいる執務室へと送られる。
・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜゜・*:.。..。.:*・゜
エドは机に向かって書類を書いていた。わたしが部屋の中に入ると一瞥してからまた書類に視線を走らせる。
「紅茶をお持ちしました」
「ああ、」
全くこちらを見てくれないけどそれでよかった。危なっかしい手つきで紅茶を淹れているところを見られたらきっと、使えないと思われそうだもの。
だから音を立てないようにして慎重に紅茶を淹れた。
ティーカップに琥珀色の雫を注ぐと芳しい香りが鼻孔をくすぐる。
我ながら初日にしては上出来かもしれない。そんな気持ちになってエドの元に紅茶を持っていくと、エドはペンを動かす手をピタリと止めて机の上に置かれたティーカップを見つめた。
飲もうとはせず、手に持つこともしない。
もしかして、わたしが毒を入れてないか疑っているのかも。
「あの、毒味した方がいいでしょうか?」
「いや、そのまま頂こう」
そのままエドは紅茶を一口飲む。
少しだけ表情が和らいだエドに、気になることを尋ねてみた。
「今日はもうお屋敷にいるのですか?」
「そうですね。午後は休暇を貰ったからこのままここにいます」
休暇を貰ったとはいえ、領地関係の書類を片付けているエドは忙しそうだ。
だから「お仕事頑張って下さい」と言ってそのまま部屋を出ようとすると呼び止められた。
何かしらと思ってエドの顔をじっと見ると、フイと目を逸らされる。
「なぜ外に出るのですか?」
「お仕事の邪魔になるかと……」
それに、ドリスさんはお茶を出すように言っていたけどエドのそばにいるようにとは言っていなかった。
だけどそれは見当違いだったらしい。
「ここにいなさい。必要になったら命令するから待っているといい」
「わかりました」
命令とはいえ、エドの部屋に残れるのが嬉しくて、頬が緩んでしまう。そっと両頬に手を当てて自分の頬がだらしなく下がっていないか確認していると、エドがちらと顔を上げる。
「そんなところに立っていないで座っていなさい」
「あの、主人の前で座る侍従はいないかと」
世間知らずな私でもそれくらいは知っている。だってお兄様やお姉さまについていた侍従はいつも扉の前に立って控えていたもの。
それでもエドは引かなかった。
「命令が守れないのですか?」
青い宝石のような瞳が射抜くように見つめてくるけど不思議と怖くなかった。むしろその瞳に愛おしさが募る。
「それではありがたく……座らせていただきます」
座っておくように指示された長椅子はふかふかとしていて触り心地が良い。イヴェールの王城ではこんな素晴らしい椅子なんてなかったから感激してしまう。
しかしそんな感動を伝えたいエドはもうここにはいない。もうあの笑顔を見れないのかもしれないと思うと胸がツキンと痛んだ。
謁見の間でエドを見た時は生きる希望を見つけたと思って喜びに満ち溢れていたのに、エドの中にエドが見当たらないとズキズキと胸が痛む。
だけどエドを見るたびに幸せな気持ちも湧きおこってわたしの心の中は忙しかった。
「……」
「……」
それにしても、この部屋は静かすぎる。エドがページを捲る音やペンを走らせる音だけが聞こえてくるものだから、唾を飲み込む音さえ聞かれてしまいそうだと思ってしまう。
そっと盗み見たエドは真剣な眼差しで書類を見ていて。
じいっと見つめてしまわないようにそっと視線を外した。
何もすることがなくて部屋の中を観察したけど、それでも時間を持て余してしまう。
待てども待てどもお仕事の命令がこない。
やがてページを捲る音が子守歌になったのか、気づけば船を漕いでいた。
必死になって睡魔に抗おうとしているのに瞼は従順に閉じていく。
ああ、ダメだ。
抵抗も虚しく意識が遠のいているとエドの声が聞こえてきた。
「フィー、こんな方法でしかあなたを守れなくてすまない」
かつてエドが呼んでくれていた名前をエドが呼んでくれている。
もう夢の世界に入り込んでしまったようだ。都合がいい夢を見ている。
だからその夢に甘えたかった。
「エド、わたしのこと嫌いにならないでいてくれる?」
唯一の味方だったあなたに捨てられたくない。
そんな気持ちで問いかけると手首に柔らかなものが押し当てられた感覚がする。
「むしろ狂おしいほどに愛しています」
なんて都合がいい夢をみているんだろう。
夢とはわかっていてもエドの声でその言葉を聞けるのは嬉しかった。
やがて手首に当たるその感覚は掌や手の甲にも降りてくる。じんわりと温かな熱が伝わるこの感覚の正体を考えてみたけどわからなかった。