大魔導士は果てのない愛を金の環にこめて
あなたに会いに
光が消えるとすぐに、魔法の気配がした。
頭の上から影が落ちてきて、顔を上げるとグランヴィル卿が居た。
「姫さん! 何があったんだ!」
「グランヴィル卿!」
正直に言うと、こんなにも早く気付いて来てくれるとは思っていなかったから驚いた。
どうやら転移魔法を使ってすぐに駆けつけてくれたらしい。
(……あら?)
彼がいつもと違う服装なのに気付いた。
これまでは赤色を基調とした華やかさのある騎士服だったのだが、今は宵闇に溶け込みそうな深い青色の騎士服なのだ。
(仕事中のはずよね? それに、今の彼の服装って……)
イヴェールの城にエスタシオンの騎士たちが攻め入った時に遠目から見たことがあるから間違いない。戦争に着ていく服だ。
「あの、その姿はもしかして……」
「実は戦場から転移魔法で来たんだよ。ちょうど休憩していたところだから気にしないでくれ」
「い、いいえ! 気にします!」
騎士にとっては体力を回復するための大切な休憩時間だろうに、奪ってしまった挙句に魔法を使わせてしまったなんて申し訳ない。
「姫さんは本当に優しいなぁ。俺は姫さんのためならこれくらいどうってことないよ」
「そ、そうですか」
前世では縁遠かった甘い台詞に慣れず、なんだかむずむずとして落ち着かない。
「ところで、何に困って俺を呼んでくれたの?」
「実は、エドが窮地に立たされていると聞いて助けに行きたいと思っていたのです。その戦場に私を連れて行ってください」
「ええっ?! 駄目だよ! 姫さんが行けば生きて帰れないよ?」
グランヴィル卿の言う通り、《フィー》なら生きて帰れないだろう。
けれど今の私には、大魔導士シンシアの時に覚えてきた魔法と実戦経験の記憶がある。
おまけに、魔法の解析と解除を同時にできるくらいの魔力があるのだから、後方支援くらいは余裕でできるはずだ。
「……いや、私なら魔物の一体二体ならひと思いに蒸発することができるだろう」
「姫さん、いきなり勇ましいことを言うね?!」
よほど驚いたのか、グランヴィル卿はたじろいでしまった。
彼が知っているのはか弱くて力のない敵国の姫だった少女なのだから、まあ驚くのも無理はない、と一人で納得する。
「それなら、グランヴィル卿を説得すれば連れて行っていただけるでしょうか?」
「え? うーん……、どうやって?」
「それでは、この辺り一帯を凍らせてみせましょう」
呪文を唱えると足元を中心に氷魔法が展開される。
瞬く間に辺り一帯を氷で包み、パチンと指を鳴らせば氷は一瞬にして消え去った。
「これでは足りませんか?」
「いや、十分だよ。王立魔導士団に所属できるほどの力量だ」
そう言ったものの、グランヴィル卿は指で頬を掻いて、迷うような素振りを見せている。
心配してくれているのはわかっている。それでも私は、大切な人を守れないのなら誰にも守られたくない。
「お願いです。連れて行ってください。グランヴィル卿が連れて行ってくれないのなら、自分の足で向かいます。――もう、大切な人を失いたくないんです」
「……わかったよ」
グランヴィル卿は私の頭をポンポンと叩いた。
「あ~あ、俺、完全にフラれちゃったなぁ。まだちょっと可能性があるかもと思っていたんだけどな」
弱々しく眉を下げて困り顔をして見せるが、迷いない所作で私に手を差し出してくれる。
「大切な人の元まで俺が安全に送り届けますよ、姫さん」
「……っ! ありがとうございます!」
私はグランヴィル卿の手を取り、彼の転移魔法に身を任せた。
転移魔法の光に包まれてふわりと体が軽くなる。転移魔法特有の浮遊感が止めば、目の前には野営の天幕が並んでいる。
焼けた大地の臭い、血の臭い、そして魔物の臭いが充満していて空気が澱んでいる。
そして目の前にある崖の下には、対魔物用の防御魔法を展開している魔導士たちと、それを打ち砕こうとしている魔物たちとの戦闘が繰り広げられている。
「姫さん、本当に大丈夫なのか?」
「ありがとうございます。これくらいなら平気です」
早くエドを助けよう。
崖の淵に立ち、眼下に居る目を凝らして魔導士たちの姿を見る。
銀色の美しい髪を持つ魔導士はすぐに見つけられた。
防御魔法を展開しつつ、仲間が防御魔法の盾の中からでも魔物に攻撃できるよう魔法を細やかに調整しているようだ。
守りに力をいれているから攻撃まで手が回らないのだろう。
「エド、今から私も手伝うからね」
遠く離れた崖の下にいるエドには聞こえないと思っていた。
しかし私が呟いた途端、エドは顔を上げてこちらを見る。
青い目が見開かれ、しかしすぐに彼は笑みを浮かべた。
「あれ? 姫さんがここに来ているのに全然驚いてないね?」
背後にいるグランヴィル卿の方が、エドの様子を見て驚いている。
「ええ、驚いているよりもむしろ――」
喜んでいる。
そう言いかけて言葉を飲み込み、代わりに魔法の呪文を詠唱した。
一瞬にして当たりの気温が下がり、防御魔法を囲む魔物たちを氷の中に閉じ込める。
続いて火炎魔法と土魔法の応用で火と岩石を降り注ぎ、魔物たちを攻撃した。
「姫さん……、本当に、塔に閉じ込められていたあの姫さんなの?」
グランヴィル卿が恐るおそる声をかけてくる。
「ええ、どちらも私です」
たった一人を愛する無力な姫も、たった一人を犠牲にしてしまった愚かな大魔導士も、どちらも私なのだ。
「さあ、魔物たちを倒したのでエドたちの元に行きましょう!」
飛行魔法を使って崖から飛び降りようとしたその時、背後から伸びた手に腕を掴まれ、あっという間に引き寄せられてしまった。
「素晴らしい攻撃魔法でした。お師匠様の魔法に魅せられて、防御魔法がおろそかになるところでした」
ずっと聞きたかった声が耳に届く。
エドは間違いなく私をお師匠様と呼んだ。
(ああ、やはり……ずっと待っていてくれたのね)
彼の腕の中で体の向きを変え、顔にかかる髪を梳き流して耳にかけてあげる。
外見はすっかり変わっているのに、目の前に居る《エド》を見ていると懐かしくなる。
「迎えに行くのが遅くなってごめんね、――ダレン」
頭の上から影が落ちてきて、顔を上げるとグランヴィル卿が居た。
「姫さん! 何があったんだ!」
「グランヴィル卿!」
正直に言うと、こんなにも早く気付いて来てくれるとは思っていなかったから驚いた。
どうやら転移魔法を使ってすぐに駆けつけてくれたらしい。
(……あら?)
彼がいつもと違う服装なのに気付いた。
これまでは赤色を基調とした華やかさのある騎士服だったのだが、今は宵闇に溶け込みそうな深い青色の騎士服なのだ。
(仕事中のはずよね? それに、今の彼の服装って……)
イヴェールの城にエスタシオンの騎士たちが攻め入った時に遠目から見たことがあるから間違いない。戦争に着ていく服だ。
「あの、その姿はもしかして……」
「実は戦場から転移魔法で来たんだよ。ちょうど休憩していたところだから気にしないでくれ」
「い、いいえ! 気にします!」
騎士にとっては体力を回復するための大切な休憩時間だろうに、奪ってしまった挙句に魔法を使わせてしまったなんて申し訳ない。
「姫さんは本当に優しいなぁ。俺は姫さんのためならこれくらいどうってことないよ」
「そ、そうですか」
前世では縁遠かった甘い台詞に慣れず、なんだかむずむずとして落ち着かない。
「ところで、何に困って俺を呼んでくれたの?」
「実は、エドが窮地に立たされていると聞いて助けに行きたいと思っていたのです。その戦場に私を連れて行ってください」
「ええっ?! 駄目だよ! 姫さんが行けば生きて帰れないよ?」
グランヴィル卿の言う通り、《フィー》なら生きて帰れないだろう。
けれど今の私には、大魔導士シンシアの時に覚えてきた魔法と実戦経験の記憶がある。
おまけに、魔法の解析と解除を同時にできるくらいの魔力があるのだから、後方支援くらいは余裕でできるはずだ。
「……いや、私なら魔物の一体二体ならひと思いに蒸発することができるだろう」
「姫さん、いきなり勇ましいことを言うね?!」
よほど驚いたのか、グランヴィル卿はたじろいでしまった。
彼が知っているのはか弱くて力のない敵国の姫だった少女なのだから、まあ驚くのも無理はない、と一人で納得する。
「それなら、グランヴィル卿を説得すれば連れて行っていただけるでしょうか?」
「え? うーん……、どうやって?」
「それでは、この辺り一帯を凍らせてみせましょう」
呪文を唱えると足元を中心に氷魔法が展開される。
瞬く間に辺り一帯を氷で包み、パチンと指を鳴らせば氷は一瞬にして消え去った。
「これでは足りませんか?」
「いや、十分だよ。王立魔導士団に所属できるほどの力量だ」
そう言ったものの、グランヴィル卿は指で頬を掻いて、迷うような素振りを見せている。
心配してくれているのはわかっている。それでも私は、大切な人を守れないのなら誰にも守られたくない。
「お願いです。連れて行ってください。グランヴィル卿が連れて行ってくれないのなら、自分の足で向かいます。――もう、大切な人を失いたくないんです」
「……わかったよ」
グランヴィル卿は私の頭をポンポンと叩いた。
「あ~あ、俺、完全にフラれちゃったなぁ。まだちょっと可能性があるかもと思っていたんだけどな」
弱々しく眉を下げて困り顔をして見せるが、迷いない所作で私に手を差し出してくれる。
「大切な人の元まで俺が安全に送り届けますよ、姫さん」
「……っ! ありがとうございます!」
私はグランヴィル卿の手を取り、彼の転移魔法に身を任せた。
転移魔法の光に包まれてふわりと体が軽くなる。転移魔法特有の浮遊感が止めば、目の前には野営の天幕が並んでいる。
焼けた大地の臭い、血の臭い、そして魔物の臭いが充満していて空気が澱んでいる。
そして目の前にある崖の下には、対魔物用の防御魔法を展開している魔導士たちと、それを打ち砕こうとしている魔物たちとの戦闘が繰り広げられている。
「姫さん、本当に大丈夫なのか?」
「ありがとうございます。これくらいなら平気です」
早くエドを助けよう。
崖の淵に立ち、眼下に居る目を凝らして魔導士たちの姿を見る。
銀色の美しい髪を持つ魔導士はすぐに見つけられた。
防御魔法を展開しつつ、仲間が防御魔法の盾の中からでも魔物に攻撃できるよう魔法を細やかに調整しているようだ。
守りに力をいれているから攻撃まで手が回らないのだろう。
「エド、今から私も手伝うからね」
遠く離れた崖の下にいるエドには聞こえないと思っていた。
しかし私が呟いた途端、エドは顔を上げてこちらを見る。
青い目が見開かれ、しかしすぐに彼は笑みを浮かべた。
「あれ? 姫さんがここに来ているのに全然驚いてないね?」
背後にいるグランヴィル卿の方が、エドの様子を見て驚いている。
「ええ、驚いているよりもむしろ――」
喜んでいる。
そう言いかけて言葉を飲み込み、代わりに魔法の呪文を詠唱した。
一瞬にして当たりの気温が下がり、防御魔法を囲む魔物たちを氷の中に閉じ込める。
続いて火炎魔法と土魔法の応用で火と岩石を降り注ぎ、魔物たちを攻撃した。
「姫さん……、本当に、塔に閉じ込められていたあの姫さんなの?」
グランヴィル卿が恐るおそる声をかけてくる。
「ええ、どちらも私です」
たった一人を愛する無力な姫も、たった一人を犠牲にしてしまった愚かな大魔導士も、どちらも私なのだ。
「さあ、魔物たちを倒したのでエドたちの元に行きましょう!」
飛行魔法を使って崖から飛び降りようとしたその時、背後から伸びた手に腕を掴まれ、あっという間に引き寄せられてしまった。
「素晴らしい攻撃魔法でした。お師匠様の魔法に魅せられて、防御魔法がおろそかになるところでした」
ずっと聞きたかった声が耳に届く。
エドは間違いなく私をお師匠様と呼んだ。
(ああ、やはり……ずっと待っていてくれたのね)
彼の腕の中で体の向きを変え、顔にかかる髪を梳き流して耳にかけてあげる。
外見はすっかり変わっているのに、目の前に居る《エド》を見ていると懐かしくなる。
「迎えに行くのが遅くなってごめんね、――ダレン」