大魔導士は果てのない愛を金の環にこめて

とある師弟の過去

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 ダレンがお師匠様と初めて出会ったのは、お師匠様の家族も友もみな死んでしまい、国王は三回代替わりしたのを見届けた頃、らしい。
 正確な年齢を教えてくれなかった。
 教えたくないというよりも、彼女は途中から年齢を数えるのを放棄していたように思える。

 老いてゆく知り合いを見ているのが辛くて長らく一人で生きてきたが、寂しさを持て余しているところだったそうだ。

 そんなある日、当時の国王陛下から下された命令で、とある事件の終息に向けて騎士団と一緒に遠征に出掛けた。
 当時、一つの村が襲われて一夜にして住民がみな連れ去られた事件があったのだ。

 遠征した先は、その事件の犯人――違法な魔法や犯罪に手を染める魔導士集団の本拠地で、それはそれは酷い場所だった。
 数多の実験台は人か動物か魔物かもわからぬ見た目をしており、おぞましい実験が行われていたのを物語っていた。

 そんな場所で、連れ去られた村人の中で唯一生き残っていた「人間」がダレンだった。

「この子は人間か?」

 お師匠様と一緒に居た騎士は、ダレンに指を差してそう言った。

 彼がそう言うのも無理はない。なんせその時のダレンは虚ろ気な表情を浮かべていて魂が抜けているような様子で、おまけにひどく痩せていて一人では歩けないような状態だったのだ。

「ええ、まだ人間です。恐らくはあの魔導士たちが実験台にしようとしていたのでしょう」

 そう言い、労わるように撫でてくれたお師匠様の手が温かくて優しくて、絶望の底から救い出してくれた。

(なんてまぶしいひとなんだろう……)

 眩しくて温かい、太陽のようなひと。
 彼女の側にずっといたいという願いが小さな胸の中で芽生えた。

 ダレンは、犯人たちに家族や村の仲間たちを殺された。

 その時に負った心の傷で、感情を表せられないようになってしまったらしい。
 生きた人形のような状態になっていたダレンは、犯人たちに恐ろしい呪いをかけられているかもしれないと恐れられ、王立魔導士団が所有する塔に閉じ込められるはずだった。

 しかしお師匠様が経過を見るという名目で助け出してくれ、幽閉を免れた。

「孤独は辛いだろう。私の家においで」

 彼女自身が孤独に苦しめられてきたのに、目の前の子どもの手を払い同じ苦しみの中に放り込むことなんてできなかったのだ。

 それからダレンとお師匠様の共同生活が始まった。

「よし、ダレン。私のことはお母さんと呼びな」
「おししょうさまはお母さんではありません」
「お母さんのように思ってくれたらいい」
「嫌です」

 ダレンは頑なにお母さんと呼ばず、《おししょうさま》と呼んだ。

 眩くて温かくて、この世で一番愛おしい《おししょうさま》。
 愛情は日に日に成長し、恋になった。

「おししょうさま、ずっと側にいますからね」
「んー。アンタは私の弟子だから、そうなるだろうね」

 違う。
 そういう意味ではないんだ。

 誰よりも私のことを見てほしい。
 誰よりも一緒にいてほしい。
 誰よりも愛してほしい。

 その想いがダレンに感情を取り戻させる。

「大魔導士シンシアの弟子は私一人で十分なのですから――もう弟子を増やそうとしないでくださいね?」

 お師匠様に近づく魔導士に嫉妬して、彼らを遠ざけるために必死になって魔法を学び、気付けば誰よりも強い魔導士になっていた。

 やがて成長したダレンには見合い話が沢山舞い込んでくるようになり、憂鬱な日々を送る。
 どれほどたくさんの縁談が舞い込んで来ようと、彼の最愛はこの世に一人だけ。
 お師匠様だけなのだ。

(お師匠様がわかってくれたらいいのに……)

 悲しいことに、ダレンの縁談に一番乗り気なのがそのお師匠様である。
 見合い用の服を買いに行こうと張り切って街に連れて行かれる時ほど悲しいものはなかった。

(わかってもらうように動くしかないのか)

 決心したダレンはお師匠様に求婚した。

「私の唯一はお師匠様だけです。他の誰とも結婚するつもりはありません」

 冗談だと思われないよう何度も求婚し、国王にも説得してもらうよう掛け合ってみたが――努力は空しく、突然の求婚に戸惑ったお師匠様によって破門されてしまう。

 契約魔法は、そんな失意の中で編み出された。

 今世が駄目なら来世で。
 ずっといられる繋がりが欲しい。
 それは生易しいものではなく、お互いを縛る契約で確かなものにしたい。

 そんな想いで作られた魔法だ。

「さあ、心の中で呪文を唱えて――私の心と魂を奪ってください」

 契約魔法が完成したのと時を同じくして、戦争に参加するよう命令が下った。
 出征前の挨拶という口実ができ、嬉々としてお師匠様に会いに行った。

 最後の願いだと言えば聞いてくれるのかもしれない。
 そんな希望はすぐに打ち砕かれ、断られたダレンは強硬手段をとった。

 お師匠様に精神干渉魔法をかけて服従させ、契約魔法をかけた。
 彼女の首に金色の環が形作られるのを空しい思いで眺めた。
 そして自分の指に形作られた指輪を見つめる。
 魔法でできた指輪は、心までもを凍てつかせてしまいそうなほど冷たかった。 

「あなたに必要とされたかったです」

 存在を、心を、魂を、必要とされたかった。
 行かないでくれと、一緒に居てくれと、言ってほしかった。

 その望みが叶うことはなく、ダレンは戦地に赴いたのだが――、契約魔法と精神干渉魔法を同時に使った代償は大きく、戦闘に支障をきたしていた。

 仲間を守るのがやっとで、防御魔法を展開している間に不意打ちで攻撃を受けてしまう。
 気付けば空を仰いでおり、人々の怒声が遠のいていく。

(……ここまでか)

 体温が下がり、瞼が重くなっていくのを感じて、終わりが近いことを悟った。
 真っ暗な世界が彼の体を包み込んでゆく。

「お師匠様、もう私を迎えに来てくれないのですか?」

 かつて暗い部屋から助け出してくれた、あの温かい手を思い出すと胸が苦しくなる。

「あなたのことを諦めませんから。来世ではきっと、手に入れてみせます」

 そう呟き、ダレン・ウェインライトの人生に幕を閉じた。

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 大魔導士エドヴァルドは魔法で防御壁を展開しつつ、前世で経験した戦争の事を思い出していた。
 思い出すたびに、胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚がして、ただただ心が冷えてしまう。

 お師匠様はいつ思い出してくれるだろうか。
 私を拒絶しないだろうか。

 不安に襲われていたその時、懐かしい魔力の気配がした。

(まさか……お師匠様?)

 気配がする方に顔を向ければ、セラフィーヌと例の騎士が居る。

「ああ、やっと――」

 お師匠様が迎えに来てくれた。
 胸の奥から込み上げてくる感情が、心にできた隙間を埋めてゆく。

 セラフィーナの攻撃が止むとすぐに防御魔法を解除し、転移魔法で愛しのお師匠様の元に駆けつけた。
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