大魔導士は果てのない愛を金の環にこめて
エピローグ
よく晴れた春先の午後、書斎に居ると、扉を叩く音が聞こえてくる。
「お師匠様、昼食ができましたよ。今日は肉と林檎のクリーム煮があるそうです」
部屋に入ってきた《ダレン》はシャツにズボンといった簡素な服装で、以前より気安さがある。
ここはエスタシオンの王都から外れた森の中にあるお屋敷。
私とダレンの他に、ドリスさんと数人の使用人たちがついて来てくれて、一緒に住んでいる。
先の戦争がエスタシオンの応援により同盟国側の勝利に終わってから、目まぐるしい日々を過ごしてここに落ち着いた。
私が現れたことで戦局が優勢になったと魔導士たちが国王陛下に話してくれたおかげで、褒賞として身分を与えられた。
その際に王立魔導士団からの勧誘を受けたところ、ダレンが私を連れて、逃げるようにしてこの地に引っ越してしまったのだ。
他の魔導士たちに私を盗られるのが嫌だということらしい。
そういうことで、今は王立魔導士団を辞めて、私と二人だけの小さな研究機関で働いている。
ここでは国王陛下や魔法学院からの依頼で研究をしたり資料を作ったりしているのだけど、ありがたいことにいくつも仕事をもらうものだから、かなり繁盛している。
「何を読んでいるのですか?」
「前世で書いていた日記を読み返していたんだよ」
久しぶりに、前世でダレンと過ごした日々を思い出していた。
ちょうどダレンが私の家に着てすぐの頃、ダレンが故郷を恋しがっているかもしれないと思い、お肉と林檎のクリーム煮を作った日の頁を読んでいた。
私は上手く故郷の味を再現できていたようで、人形のように無表情だったダレンが目にいっぱい涙を溜めて「おいしい」と言ってくれたのだ。
それが嬉しくて、一週間ずっと同じものを作り続けた記憶がある。
(ダレンはいい子だから食べ続けてくれたけど、あのとき家に来ていた商人に「栄養が偏るから止めろ」と言われたのよね)
ぱたんと表紙を閉じた手の上で、金色の結婚指輪がきらりと光る。
慌ただしい中で迎えた結婚式には王立魔導士団の同僚たちが訪れ、おまけに国王陛下まで来たものだから賑やかだった。
(この国に来てまだ一年も経っていないのに、たくさんの思い出ができたわね)
捕虜として連れて来られ、《エド》と再会したあの日の事を思い出す。
あの日、私は《エド》に嫌われているのだと思っていた。それでも一緒に居られるのが嬉しくて、彼の契約魔法に喜んで応えた。
「再会してから、色んなことがあったね」
首につけられている金の環にそっと触れるのを、《ダレン》がじっと見守っている。
「お師匠様の心が私に向くようにずっと、待っていました。前世では焦ってしまったから逃げられたのだろうと反省して、待つことにしたんです」
本当のことを言うと、すぐにでも記憶を思い出してもらって想いを伝えようと焦ることもあったようだ。
それをどうにか耐えて、度々私の瞳を覗いては、金の環が繋がるのを待っていたらしい。
「来世の分も、お師匠様の隣は私のものです。そして来世の分も、私の心と魂はお師匠様のものです」
私の手を取ると、彼の左手に嵌められた二つの金の環に触れさせる。
「来世で巡り会ったらまた、契約魔法をかけましょう。そうして永遠に、あなたの隣に居ます」
「気が遠くなるほど先の話までするね。何が起こるのかわからないのに――」
《ダレン》は柔らかく微笑むと私の言葉を遮るように抱きしめ、耳元に口を寄せる。
「お師匠様、何が起ころうともう、私から逃げられませんよ?」
結
「お師匠様、昼食ができましたよ。今日は肉と林檎のクリーム煮があるそうです」
部屋に入ってきた《ダレン》はシャツにズボンといった簡素な服装で、以前より気安さがある。
ここはエスタシオンの王都から外れた森の中にあるお屋敷。
私とダレンの他に、ドリスさんと数人の使用人たちがついて来てくれて、一緒に住んでいる。
先の戦争がエスタシオンの応援により同盟国側の勝利に終わってから、目まぐるしい日々を過ごしてここに落ち着いた。
私が現れたことで戦局が優勢になったと魔導士たちが国王陛下に話してくれたおかげで、褒賞として身分を与えられた。
その際に王立魔導士団からの勧誘を受けたところ、ダレンが私を連れて、逃げるようにしてこの地に引っ越してしまったのだ。
他の魔導士たちに私を盗られるのが嫌だということらしい。
そういうことで、今は王立魔導士団を辞めて、私と二人だけの小さな研究機関で働いている。
ここでは国王陛下や魔法学院からの依頼で研究をしたり資料を作ったりしているのだけど、ありがたいことにいくつも仕事をもらうものだから、かなり繁盛している。
「何を読んでいるのですか?」
「前世で書いていた日記を読み返していたんだよ」
久しぶりに、前世でダレンと過ごした日々を思い出していた。
ちょうどダレンが私の家に着てすぐの頃、ダレンが故郷を恋しがっているかもしれないと思い、お肉と林檎のクリーム煮を作った日の頁を読んでいた。
私は上手く故郷の味を再現できていたようで、人形のように無表情だったダレンが目にいっぱい涙を溜めて「おいしい」と言ってくれたのだ。
それが嬉しくて、一週間ずっと同じものを作り続けた記憶がある。
(ダレンはいい子だから食べ続けてくれたけど、あのとき家に来ていた商人に「栄養が偏るから止めろ」と言われたのよね)
ぱたんと表紙を閉じた手の上で、金色の結婚指輪がきらりと光る。
慌ただしい中で迎えた結婚式には王立魔導士団の同僚たちが訪れ、おまけに国王陛下まで来たものだから賑やかだった。
(この国に来てまだ一年も経っていないのに、たくさんの思い出ができたわね)
捕虜として連れて来られ、《エド》と再会したあの日の事を思い出す。
あの日、私は《エド》に嫌われているのだと思っていた。それでも一緒に居られるのが嬉しくて、彼の契約魔法に喜んで応えた。
「再会してから、色んなことがあったね」
首につけられている金の環にそっと触れるのを、《ダレン》がじっと見守っている。
「お師匠様の心が私に向くようにずっと、待っていました。前世では焦ってしまったから逃げられたのだろうと反省して、待つことにしたんです」
本当のことを言うと、すぐにでも記憶を思い出してもらって想いを伝えようと焦ることもあったようだ。
それをどうにか耐えて、度々私の瞳を覗いては、金の環が繋がるのを待っていたらしい。
「来世の分も、お師匠様の隣は私のものです。そして来世の分も、私の心と魂はお師匠様のものです」
私の手を取ると、彼の左手に嵌められた二つの金の環に触れさせる。
「来世で巡り会ったらまた、契約魔法をかけましょう。そうして永遠に、あなたの隣に居ます」
「気が遠くなるほど先の話までするね。何が起こるのかわからないのに――」
《ダレン》は柔らかく微笑むと私の言葉を遮るように抱きしめ、耳元に口を寄せる。
「お師匠様、何が起ころうともう、私から逃げられませんよ?」
結