大魔導士は果てのない愛を金の環にこめて
むかしの記憶(中)
その翌日、エドは宣言通り会いに来てくれて、自分の食事を分けてくれた。
落胤姫に食べ物を与えていると噂が流れるとエドの立場が危ないと思って断ったのにエドは聞いてくれず、その上、わたしが食べ終わるまでずっと隣で見守り続けるものだから、根負けしてエドの厚意にあやかることにした。そんな日々が続くようになった。
「どうしてエドはわたしに優しいの?」
ある日、どうしても疑問に思ったから訊ねてみた。
捕虜が肩身の狭い生活を強いられているのは噂を聞いて知っていて、それなのにエドが甲斐甲斐しく世話をしてくれるのが不思議でならなかった。
するとエドはさも当然のことのように真顔で答える。
「ずっと、あなたの力になりたかったからです」
「ずっと? わたしとエドが会ったのはつい最近なのに?」
反論してみるわたしに、ふわふわの白パンを手渡してくれる。中には胡桃が入っていて、カリカリとした触感を楽しんだ。
「いいえ、ずっと昔に出会っていますよ」
「そんなことないわ。エドがいままでは外国に住んでいたことくらい知ってるのよ?」
エドはどこか大人のように喋る子どもだけど、不可解なことを言うこともある。だけど、どちらのエドも好きで、憧れていた。
優しくて物静かで聡明な、美しい子ども。そんな彼が物語に出てくる騎士のように接してくれると胸がくすぐったくなり、憧れはすぐに恋へと姿を変えた。
初めて恋をした人。
そんな彼エドと話す時間は宝物のようで愛おしくて、毎朝起きるたびにエドとのことを思い浮かべては幸せな気持ちになっていた。
ただひとつ気になるのは、エドがあんまりにもわたしに甘いことだった。食事の世話までかって出ようとした時にはさすがに遠慮したけれど、それでもなぜか世話をしたがるエドはずっと私が食べる様子を見つめていて。
「フィー、頬にパンくずがついていますよ」
頬にパンくずがついたりすると目ざとく見つけては、言うよりも先に頬に触れて、そのままエドの口元に寄せられる。パンくずがついた指をぺろりと舐める仕草を見る度に、かあっと顔が熱くなった。
「ふふ、今ではすっかり立場が逆ですね」
そう話すエドの青の瞳は妖しく、ますます魅せられてしまう。だけど、彼の言葉が意図することがちっとも分からず、ただ首を傾げることしかできなかった。
「さあ、顔をよく見せてください」
食事を終えるといつも、エドは私を向かい合わせにして座らせて、両手で頬を包んで目を覗き込む。すると決まって、「まだ繋がらない」とか「あとどれくらいかかるのだろうか」なんて、意味深な言葉を呟いていた。
間近で見つめるエドの顔は美しく、すっととおった鼻筋や、形がよくほんのりと淡い珊瑚色の唇に、視線が釘付けになる。魔法をかけられたかのように身動きがとれなくなっている間にもエドの不可解な言葉が聞こえてきていて、わたしはいつも謎解きに忙しかった。
どうしてこんなにも優しくしてくれるのか、なぜいつもわたしの瞳を覗き込んで一喜一憂しているのか、全くわからなくて。
「もしかしてエドは……わたしを食べるつもりなの?」
お姉さまの侍従が魔女の話をしているのを聞いたことがある。悪い魔女は子どもを太らせてから食べるのだと。魔法が使えるエドが毎日食事を与えてくれる理由――それはもしかして、魔女と同じことをしようとしているのかもしれない。そんなことを考えたこともあった。食べるためなら毎日、わたしの状態を見ているのにも説明がつく。ガリガリよりも肉をつけた方が美味しいものね。
こわごわとエドの顔を見上げると、エドは青い目と綺麗な唇をぱかっと開けてしまっていて、固まっている。しかしそれも少しの間だけで、妙に大人っぽい表情を浮かべてわたしの顎を掬った。
「ええ、そうですね。いつかは」
そんな恐ろしい宣言をしたエドは、言葉に似つかわしくないほど優しく唇に口づけを落すと、そのままやんわりと塞いだ。
初めての口づけだった。
驚きのあまりなす術もなくされるがままだったわたしは、ただ受け入れることしかできなくて。
「だから大人になるまで待っていてくださいね、お師匠様」
エドはそう言うとまた、唇をピッタリとつけた。徐々に深くなっていくそれに翻弄されてしまい、エドの言葉の意味を考えられなかった。
そのときの口づけがどんなに深いものであったのかを、また、どんなに子どもらしくないものであったのかを、後にサボりに来た侍従たちの雑談を聞いて知ってしまうことになる。
落胤姫に食べ物を与えていると噂が流れるとエドの立場が危ないと思って断ったのにエドは聞いてくれず、その上、わたしが食べ終わるまでずっと隣で見守り続けるものだから、根負けしてエドの厚意にあやかることにした。そんな日々が続くようになった。
「どうしてエドはわたしに優しいの?」
ある日、どうしても疑問に思ったから訊ねてみた。
捕虜が肩身の狭い生活を強いられているのは噂を聞いて知っていて、それなのにエドが甲斐甲斐しく世話をしてくれるのが不思議でならなかった。
するとエドはさも当然のことのように真顔で答える。
「ずっと、あなたの力になりたかったからです」
「ずっと? わたしとエドが会ったのはつい最近なのに?」
反論してみるわたしに、ふわふわの白パンを手渡してくれる。中には胡桃が入っていて、カリカリとした触感を楽しんだ。
「いいえ、ずっと昔に出会っていますよ」
「そんなことないわ。エドがいままでは外国に住んでいたことくらい知ってるのよ?」
エドはどこか大人のように喋る子どもだけど、不可解なことを言うこともある。だけど、どちらのエドも好きで、憧れていた。
優しくて物静かで聡明な、美しい子ども。そんな彼が物語に出てくる騎士のように接してくれると胸がくすぐったくなり、憧れはすぐに恋へと姿を変えた。
初めて恋をした人。
そんな彼エドと話す時間は宝物のようで愛おしくて、毎朝起きるたびにエドとのことを思い浮かべては幸せな気持ちになっていた。
ただひとつ気になるのは、エドがあんまりにもわたしに甘いことだった。食事の世話までかって出ようとした時にはさすがに遠慮したけれど、それでもなぜか世話をしたがるエドはずっと私が食べる様子を見つめていて。
「フィー、頬にパンくずがついていますよ」
頬にパンくずがついたりすると目ざとく見つけては、言うよりも先に頬に触れて、そのままエドの口元に寄せられる。パンくずがついた指をぺろりと舐める仕草を見る度に、かあっと顔が熱くなった。
「ふふ、今ではすっかり立場が逆ですね」
そう話すエドの青の瞳は妖しく、ますます魅せられてしまう。だけど、彼の言葉が意図することがちっとも分からず、ただ首を傾げることしかできなかった。
「さあ、顔をよく見せてください」
食事を終えるといつも、エドは私を向かい合わせにして座らせて、両手で頬を包んで目を覗き込む。すると決まって、「まだ繋がらない」とか「あとどれくらいかかるのだろうか」なんて、意味深な言葉を呟いていた。
間近で見つめるエドの顔は美しく、すっととおった鼻筋や、形がよくほんのりと淡い珊瑚色の唇に、視線が釘付けになる。魔法をかけられたかのように身動きがとれなくなっている間にもエドの不可解な言葉が聞こえてきていて、わたしはいつも謎解きに忙しかった。
どうしてこんなにも優しくしてくれるのか、なぜいつもわたしの瞳を覗き込んで一喜一憂しているのか、全くわからなくて。
「もしかしてエドは……わたしを食べるつもりなの?」
お姉さまの侍従が魔女の話をしているのを聞いたことがある。悪い魔女は子どもを太らせてから食べるのだと。魔法が使えるエドが毎日食事を与えてくれる理由――それはもしかして、魔女と同じことをしようとしているのかもしれない。そんなことを考えたこともあった。食べるためなら毎日、わたしの状態を見ているのにも説明がつく。ガリガリよりも肉をつけた方が美味しいものね。
こわごわとエドの顔を見上げると、エドは青い目と綺麗な唇をぱかっと開けてしまっていて、固まっている。しかしそれも少しの間だけで、妙に大人っぽい表情を浮かべてわたしの顎を掬った。
「ええ、そうですね。いつかは」
そんな恐ろしい宣言をしたエドは、言葉に似つかわしくないほど優しく唇に口づけを落すと、そのままやんわりと塞いだ。
初めての口づけだった。
驚きのあまりなす術もなくされるがままだったわたしは、ただ受け入れることしかできなくて。
「だから大人になるまで待っていてくださいね、お師匠様」
エドはそう言うとまた、唇をピッタリとつけた。徐々に深くなっていくそれに翻弄されてしまい、エドの言葉の意味を考えられなかった。
そのときの口づけがどんなに深いものであったのかを、また、どんなに子どもらしくないものであったのかを、後にサボりに来た侍従たちの雑談を聞いて知ってしまうことになる。