大魔導士は果てのない愛を金の環にこめて

誰かの夢

 布団の温もりと部屋中にいきわたる良い香りの中でまどろんでいると、いつしかわたしは書斎のような場所に居た。

 あたりを見渡すと冷たい石の壁が巡らされており、どこかの塔の中にいるようだ。どうしたものかしら、と考えあぐねいているとすぐ傍にある扉が開き、一人の少年が部屋の中に入ってくる。

「おししょうさま、水魔法を習得しました。見てください」

 漆黒の髪を結わえて肩に流している、美しい少年が話しかけてくる。

(うわぁ! 綺麗な子!)

 白磁のような肌はすべらかで人形のようだ。彼を形作る顔の部位は全て小さいながらも整っており、さぞかし麗しい美男子に成長するだろうと予想する。

 何よりも印象的なのは、彼の瞳。深い青色で知性を感じさせる目つきのためか、彼には子どもらしさがなく、どことなく大人びているように見える。

(まるで、幼い頃のエドのようだわ)

 そんな彼だが、背丈が低いためか身に纏っているローブがぶかぶかとしていて可愛らしい。

 ――どうやらわたしは彼の《おししょうさま》の視線になっているようだ。

 少年は一風変わった雰囲気を持つ子どもだ。彼には表情が無く、一見すると感情を読み取れない。しかしその目をよく見てみるときらきらと輝いており、《おししょうさま》によく懐いているのがわかる。

「よしっ、それなら見せておくれ」

 わたしは自分から発された声に驚いた。わたし――《おししょうさま》は女性で、溌溂とした声の持ち主。視線を下げれば視界に入ってくる彼女の手はあかぎれだらけで、お世辞にも綺麗とは言い難い。

 しかし少年はそんな彼女の手をじっと見つめて、まるでその手に撫でられるのを期待しているかのようだ。

「――わかりました」

 少年は両手をお椀のようにして、じっとその内側を見つめる。すると瞬く間に彼の手の内に光が宿り、透明で澄み切った水が現れて空に浮かび上がった。

「いいぞ、ダレン! 上出来だ! やっぱりアンタは私の自慢の弟子だよ!」
「これくらい……できて当然です」

 ダレンと呼ばれた少年はむすっと頬を膨らませつつぶっきらぼうに答えると、期待をするようにわたし――つまり、《おししょうさま》を見上げている。
 《おししょうさま》がそれに応えて抱きしめるとやっと、ダレンはふにゃりと幸せそうに笑った。

(……可愛い。《おししょうさま》のことが本当に好きなのだわ)

 《おししょうさま》もダレンのことが好きなようで、彼に頬擦りをしたり額に口付けをしたりと忙しい。
 彼女はダレンを我が子のように可愛がっているようだ。

(誰かの夢を覗いているようで少し後ろめたいけれど、とても幸せな気分になれたわ)

 幸せそうにしている人たちを見ていると、こちらまで幸せになる。
 たとえ心がぐしゃぐしゃになったとしても、幸せそうにしている人たちを見ると、なぜか安堵して嬉しくなるのだ。

 胸の中に温かなものが広がるのを感じていると、夢はそこで途切れた。
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