※彼の姉ではありません
うつむいてホテルのロビーを突っきる。周囲の訝しげな視線は痛かったけど、すぐに終わると自分に言いきかせる。
冷や汗をかきながらフロントの受付係の女性に声をかける。髪をきっちりと撫でつけてお団子にしていて、どこもかしこも清潔で完璧だ。
みじめな気持ちを見ないふりして、彼女に自分の名前を告げた。
「前田様ですね、少々お待ちください」
受付の女性は愛想良く頭を下げると、フロントの奥へと引っこんでしまった。とたんに手持ちぶさたになって、このホテルを利用してる人たちと自分の落差をまざまざと感じてしまう。
豪奢なシャンデリアに落ちついた赤の柔らかい絨毯。聞こえてくる音楽はジャズピアノだろうか。音源をそっと目でたどれば、でんと置かれたグランドピアノと奏者が見えた。
ざっと確認しただけでも、壁やら天井やら隅々まで丁寧な細工が施されているのがわかる。まるでヨーロッパのお城のようで、私はさしずめ召使いかな、と勝手に気持ちが沈んだ。
ラウンジでは壮年の男性や女性たちが和やかに談笑してた。ブランドものには疎い私だけど、良いものを身につけてるのだけはわかる。
……受付のお姉さん、早く帰ってきてくれないかな。