※彼の姉ではありません

 幌延さんは穏やかな物腰を一転させ、瞳を鋭く光らせた。


「私が知りうる全てをお話しします」


 そして、彼から聞いた“幌延亜純”の情報は、契約が終わっても口外してはいけない。これも契約内容に盛りこまれる。
 記載される条件はこうして話すうちに、どんどんと増えていく。先の衣食住の問題や、おばあちゃんの診療所以外への支援、幌延さんの“姉”になりきるための知識、その他もろもろ。

 ……契約書は1cmくらいの厚さになりそうだ。

 私は覚悟を決めて、契約内容の細々とした部分を幌延さんと詰めていった。
 私と幌延さん以外にこの秘密を共有すべき人はいるか、お祖母さんとお姉さんしか知らない話があった場合はどうするか、もしもバレてしまったらどうすべきか──。

 私たちは1日かけて契約内容を確認し、草案を作成し、あちこちを修正して最終案を完成させた。


「……では、表向きは住込みの家政婦ということになるんですね」

「ええ。私は忙しいし、家のことを祖母に任せきりにするのは心苦しい……ということで」

「離れにあるお風呂や洗面所で、メイクとかウィッグの準備……お祖母さんの起きる時間は?」

「大体……6時半から7時の間ですね」


 契約書を隅々まで確認する。分厚くはあるけど、1cmもの厚さにはならないでよかった。

 とうとうここまで来てしまった。

 もう後には引けない。


「これからよろしくお願いいたします」


 私が改めて手を差しだすと、幌延さんはにっこり笑って優しく握りしめた。


「こちらこそ、1年間よろしくお願いします」
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