※彼の姉ではありません
「2人とも、早くはやく〜!」
蝶子さんの元気な呼び声が、しぼんだ気持ちを一掃する。前を見れば、小さくなった蝶子さんがウサギのようにピョンピョンと跳びはねていた。
登山用のスティックを持っているけれど、別にいらないんじゃないかと思う。
幌延さんも同じように考えていたらしく、「普通の観光地でもよかったかな……」とつぶやいたのをバッチリ耳にした。
蝶子さんがお年よりなのもあって、幌延家の私有地であるこの山でハイキングにしようと彼は強く主張していた。別荘もあるし、もみじ以外も綺麗だし、と蝶子さんを説得した。
蝶子さんは蝶子さんでこだわりがあるらしく、私のような一般庶民が楽しむ行楽地のほうが風情があると考えていた。
あちこちぎゅうぎゅうで、落ちついて観光なんてできそうにないのに、蝶子さんにとってはそれもまた一興……らしい。お金持ちの趣味ってよくわからない。
「でも混雑してると危ないし、これでよかったんですよ」
人混みにまぎれて悪意のある人が近づいてきて──という可能性は十分にある。それを避けるためにも、と幌延さんは説いて、蝶子さんを納得させた。
渋々でもうなずいた蝶子さんを見て、幌延さんの肩の力が抜けた瞬間をよく覚えている。
難しい案件がなんとか成功したときのような、やっと緊張から解放された喜びがにじんでいた。