※彼の姉ではありません

「……?」


 どれだけ待っても痛みや衝撃はやってこない。

 恐る恐る目を開けると、すぐそこに幌延さんの顔があった。

 目は見開かれ、顔色は真っ白になっている……かと思えば、一瞬だけ頬が赤くなったような……と思う前に、ホッとした表情に様変わりした。


「ご無事ですか?」


 自分の状況をよくよく見れば、腰に手を回されて身体を密着していた。足下を見ると、片足を乗せていた土が崩れてしまっている。

 ……もし幌延さんが助けてくれなかったら、ここから真っ逆さまになっていた。

 私は最悪の未来を想像して、血の気が引いていくのを感じとる。そうなれば、蝶子さんにバレるどころの騒ぎじゃない。


「ありがとう、ございます」

「いえ、ケガはないようでよかった」


 幌延さんは柔らかい笑顔を見せた。腰を支えていた手が離れ、私は山道の内側に戻る。

 とたんに自分が恥ずかしくなった。すべきことを忘れて、ハイキングを楽しもうとしていたからこんなことになったんだと、さっきまでの能天気な自分をはっ倒したくなった。


「亜純! 大丈夫!?」


 蝶子さんまでもが、大慌てで私たちのところまで駆けよってきた。普通は逆なのに。

 ああ、穴があったら入りたいってこういうことだ……。
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