※彼の姉ではありません

 イケメンは、私が悩んでいるのも知らずにそう告げた。


「……会社が倒産してしまって、家も火事になったんです」


 初めて会った人にこんなことを言うなんて、どうかしてると思う。

 でも、だれかに話して楽になりたかった。気休めの言葉がほしいんじゃなくて、ただ黙って聞いてもらいたかった。

 イケメンはなにも言わない。ドン引きしてるのかもしれないけど、どうせ他人だしいいや、とこのときの私はかなり投げやりになっていた。


「でしたら、私が仕事も家も用意します」


 幻聴だと思った。

 そんな都合のいい話があるはずないじゃないって。


「まずは、ここではなく近くのカフェに行きませんか?」


 イケメンは続けて、「それだけじゃお腹空くでしょう?」「ご馳走様します」と悪魔の誘いを耳に吹きこんでくる。

 怪しい、絶対に詐欺とかだ、宗教とかかもしれない、僅かな全財産さえ奪われたらどうするの。

 私の中の冷静な部分が大音量で警告してくる。空腹や目先の美味しい話に負けるな、と肩を揺さぶる勢いだ。

 そうだ。断らなくちゃ……役所に行って支援受けて地道に働かなくちゃ──


「ありがとうございます、お言葉に甘えて」


 と、私の口は正反対の言葉を発した。

 ……食欲には勝てなかった。
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