唇から始まる、恋の予感
部屋へ持っていき表紙をめくると、私の生れたばかりの姿があった。そこから成長して小学校までの成長記録のアルバムだ。

「すごく笑ってる。お母さんもお父さんも若いなあ」

アルバムの中の私は、とても活発で大きな口を開けて笑い、泣いている顔もあった。

「鼓笛隊も入ってたんだっけ……」

私の通っていた小学校は、鼓笛隊があって、運動会やバザーなどで披露していた。そこのバトン部に私は所属をしていた。
バトンをくるくるとまわして、高くトスをして一回転して受け取る。これがなかなかできなくて、よく頭にたんこぶを作っていた。負けず嫌いで、出来ないことが悔しかったこの頃が懐かしい。
走馬灯のように楽しかった日々が次々と思い出された。私は活発で、ソフトボール部に入って4番バッターだった。夏は靴下をはいていなくても履いているのかと見えるくらい日焼けをしていた。運動会では花形の男女混合リレー。アンカーの男子にバトンを渡すときは、みんなの声援も最高潮で、とても興奮した。そうだ、学級委員長をしたこともあった。だれもやりたがらず、じゃんけんで決めることになり、その勝ち抜けじゃんけんで勝ってしまい、学級委員長になってしまったけど、クラスを守り、統一していくことの難しさを学べたいい経験だった。このアルバムの中には、今の私とは正反対の輝く白石智花が生きていた。こんなにいい思い出があったけれど、私のアルバムは小学校で止まっている。

「全部捨てたから」

中学校から高校までの写真や卒業アルバムは、卒業すると同時に全て捨てた。大学生時代は、入学した時から証明写真以外は撮っていないから何もない。
想い出は小学校で止まり、積み重ねた想い出もない。

「生きている意味があったのかな」

ふと、そんなことを思ってしまうけれど、そのとき部長が私に言ってくれた「美しい」という言葉を思い出す。その時の部長の声、顔、手、そしてあたたかな唇。家族以外で私が初めて信用した人。
部長が言ったことは信じている、ううん、信じたい。
ふと、自分の顔が見たくなって、ポーチの中から鏡を出して顔を見た。必要最低限しか見たくない顔を、今、必要がないのに見たいと思うなんて。

「なんだか、違う顔……」

今日の朝まではいつもと同じ暗く陰険な顔だったけど、実家に帰ってきただけでものすごく綺麗に見える。

「え……っと……」

信じがたいこの現実に動揺して、実家に帰ってリラックスしているからだと納得させる。そうに決まっている。朝まではこんな顔じゃなかったんだし、整形でもしない限り顔が急に変わる訳がない。

「嘘、嘘だから」

絶対に嘘だと思っているのに、気が付くと私は泣いていた。


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