唇から始まる、恋の予感
アルバムを何回も見ては泣いた。その涙がなんなのか自問自答しながら、何回もページをめくっては泣いていた。
あの時、この時はと、今と正反対の自分の姿を羨ましく思っている今の自分。その不甲斐なさに涙が出ているのだと思う。
結局昼寝も出来ず、部屋でのんびりしたり、母親とテレビを見ながらおしゃべりをして過ごしてしまった。

「さてと、準備しようかな」

母親は、テーブルに手をついて、よっこらしょと立ち上がると、腰をトントンと叩いた。

「手伝うけど?」
「いいわよ、誕生日なんだから座ってなさい」
「そこまで特別扱いしてくれないくてもいいのに」
「特別よ、智花はお母さんにとって特別な子なの。それはこれからもずっと、なにが起こっても変わらないのよ。分かる?」
「……」

私の苦しみは、母親の苦しみでもあった。夜に母親が泣いている姿を何度か見かけたことがあって、苦しませているのは私だと思うと、本当に辛かった。

「お母さん」
「なあに?」

キッチンで料理をする母親に声をかける。

「沢山作ってね」
「残すのは禁止だけど?」
「私が大食いなの知らないの?」
「そうだった?」
「そうよ」

お互いに顔を見合わせて笑う。

「智花は笑顔がとても可愛いわ。ずっと笑っていなさいね」

そんなことを言って、テレビでも観ていなさいと、キッチンから出される。
私が変わって前に進まないと、家族もあの時間から進めない。ずっと分かってきたことだったけど、私には響かなかった。

(どうしたんだろう)

身体の奥底から湧き上がる感情。恋とかそういうのじゃなくて、なんかこうやる気がみなぎるというか、顔をあげたい感じとでもいうのか、負の感情に包まれていた私に、背中を押す何か得体の知れないものが足元からマグマのように湧き上がる。
自分の部屋に戻って、自分で作ったやりたいことリストを読み返す。

「海に行く、外食、ショッピング、遊園地、動物園、旅行、プールか……」

もっと、もっとみんながしてきたことをやりたい。時間は戻せないけど、リセットしてやり直すことはできるはず。


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