唇から始まる、恋の予感
そこへ仕事から帰った綾香が、部屋のドアをノックした。

「お姉ちゃん」
「綾香、入って」
「ただいま」
「お帰り」

外は寒かったらしく、頬が赤くなっていてとても可愛い。

「寒かったでしょう」
「急に冷え込んだね。はい、これ誕生日プレゼント」
「もうくれるの?」
「せっかちだもん」

あはははと笑って、綾香のプレゼントを開ける。綾香はいつもその時にヒットしているコスメをくれる。プチプラしか買わない私に、年に一度やって来る高級のコスメだ。

「嬉しい、ありがとう綾香。開けてもいい?」
「いいよ」

袋で分かる高級ブランド。袋やリボンも勿体なくて捨てられない。
ラッピングを取って中身を開けると、丸い形をした容器が出てきた。

「保湿クリームね」
「乾燥はお肌の敵だからね」
「ありがとう、本当に嬉しい」
「お誕生日おめでとう、お姉ちゃん」
「ありがとう、綾香」

綾香の髪が、肩までの長さだったけれど、胸元近くまで伸びていた。

「髪を伸ばすの?」
「ううん、めちゃくちゃ忙しくて美容院に行く暇がなかっただけなんだけど、明日は休みだから美容院に行ってカットしてくるの」

私は美容院に行くのも勇気が必要だった。顔全体をあらわにするのも勇気がいるし、座った目の前にある大きな鏡も苦手だったからだ。長く伸ばしていれば、カットする回数も少なくて済むし、前髪だけなら自分でも切れるからと、ずっと同じストレートロングヘアでいた。

「ねえ、綾香」
「なあに?」
「お姉ちゃんの……その……顔……どう思う? あのね、年度末で会社を辞めて、整形手術しようと思うんだけど、なんだかいつも見ている顔と違う感じがして、いままで目も鼻も唇も嫌いだったんだけど、すごく、そのなんていうのかな。ずっと思ってきた顔と違う気がするの」

綾香にはくすぶっている気持ちを打ち明けてもいいかと思って、聞いてみた。すると綾香は、急に泣き出して私に言った。

「ずっと前から言ってるじゃん! お姉ちゃんはめちゃくちゃ美人だって! なんで信じてくれないの! スタイルも良くて、頭も良くて、美人で綾香の自慢のお姉ちゃんなんだってば!」
「綾香……」

泣きながら言う綾香の言葉。家族が言っているのにまるで信じなかった私。もう一度鏡をみると、デメキンの目でもないし、まつ毛に毛虫は乗っていないし、むしろまつ毛がカールしてビューラーいらず。唇だってふっくらしているけど、たらこじゃない。

「君は美人だ」

部長が言った言葉が、耳元で言ってくれているように聞こえた。

「綾香……お姉ちゃん、整形を止める」

突然沸いた感情。自分に向き合う覚悟が出来た瞬間だった。


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