唇から始まる、恋の予感
「どうして? 何かあったの?」

綾香の涙を拭いてやりながら、思い切って告白する。

「会社の……その……上司なんだけど……」
「もう、じれったいな! 告白されたの? したの?」

こんなことまでせっかちで本当に困る。

「された」
「それで!?」
「それでって……断った」
「はっ!? なんで!」

前のめりで聞いてくる綾香に圧倒されて、私は部屋の隅まで追いやられてしまった。

「だって、上司としか見てなかったし」
「それってすぐに断ったの?」
「え?」
「告白されてすぐに返事をしたの?」
「それは……暫くしてからだけど」
「大事なことを聞くけど、お姉ちゃんはその上司をどう思ってるの?」
「……」
「好きなんでしょ?」

ズキンと胸が痛かった。自問自答しているときは、認めたくないというか、私が人を好きになるなんてと信じられない気持ちもあったし、何より人と関わって傷つくのが怖くて、違うと思うようにしてきた。

「だって……告白されたから好きになるの? ずっと上司としか見ていなかったのに?」
「お姉ちゃんさ、人を好きになるのにいちいち理由付けするの? 告白されたって好きにならない人だっているでしょう? 告白されて好きになることの何が悪いの? 恋愛なんて自分勝手でいいじゃない。その人を想うのは勝手なんだし、いちいち好きになる人に、「好きになってもいいですか?」って了解をもらってから好きになるの? 恋する心は、誰にも指図出来ないし、文句を言われる筋合いはないんだから」

綾香に言われてはっとした。いじめの原因は告白されたことだった。そのときの私は確かにその子に対して気持ちが全くなくて、すぐに断っている。部長が好きだということは分かっていたけれど、異性として意識していなかったのに、告白されたから好きになるなんて都合が良すぎると、自分の気持ちを抑えていた。

「部長は……部長が……好き……」
「お姉ちゃん……」

自分の気持ちが悪いことじゃないんだと分かったとき、妹を前に嗚咽するくらいに泣いた。

「お姉ちゃんのことを好きだと言ってくれたのは、部長さんなんだね。ずいぶん年上なんじゃないの? おじさんで嫌なんだけど」

綾香はなんでもはっきりと言う子だけど、部長がおじさんと呼ばれるのにはまだ早いと思う。ここは部長の名誉の為に訂正をしておかなくてはいけない。



< 111 / 134 >

この作品をシェア

pagetop