唇から始まる、恋の予感
「智花、リクエストのプレゼントだ」
「ありがとう」

母親と父親からは私が欲しいとリクエストしたドライヤーをプレゼントされる。

「よかった、コードが切れそうで買い替えをするつもりだったから助かるわ。本当にありがとう」
「そんなんでいいのか? もっと何かなかったのか?」

父親は私と綾香にとても甘い。子供の頃から買ってとねだると、なんでも買ってくれた。そんな父親を母親はいつも怒っていたけれど、ばれてしまうのに内緒だよと言って、買ってくれた娘に甘い父親。その時の目尻が下がった顔が優しくて、大好きだった。
その顔が一変して般若のようになったのは、私がいじめられていた時だった。気づけなくてごめんと泣いて何度も何度も泣いた顔が、今でも忘れられない。あんな悲しい顔をさせてはいけないと思っているのに、今は心配顔ばかりさせてしまっている。

「これが欲しかったんだもん、本当に嬉しいよ」
「そお? それならいいけど」

楽しく会話をしながら食べる食事。大きな口を開けて笑っても、大きな口を開けて食べても誰も容姿をバカにしたりしない。

「智花も30才か」
「可愛かった赤ちゃんだったのに」

両親揃って遠い目でいう。今は可愛くないのかしらと言いたい。

「もう、やめてよ。私だって30才ってショックなんだから」
「私はまだ27才~」

綾香がすかさず言った。

「綾香だってすぐに30才よ」
「まだ3年もあるもん」

本当に憎たらしいけど、可愛い綾香。心の内を打ち明けたことで、もっとかけがえのない存在になった。同性の姉妹で本当に良かったと思う。

「まだ嫁に行くなよ」

お酒が入ると必ず言うこの言葉。父親はまだ娘に行って欲しくないようだ。

「大丈夫よお父さん、まだまだ此処にいるから」

綾香は彼氏がいるけれど、結婚はどうするのだろう。私と違って、彼氏と結婚の話がでてもおかしくないし、しっかりしている綾香のことだから結婚の準備でもしているのかも。
結婚は考えたことがない。願望はと聞かれても、考えたことがないから何も答えられない。
整形したら、恋もしてと思っていたけれど、結婚となると私には少しハードルが高いように感じる。
私が誕生日だからか、部長の誕生日はいつなんだろうふと思う。
何もしらないくせに、部長のことを考えると、胸が苦しくなる。

「いつまでお母さんにごはんと洗濯をさせるの? 早く嫁に行ってちょうだい」

父親と母親は意見が違うようで、子供二人は社会人で、普通ならゆっくりしてもいい年なのに、朝から夜までずっと母親業をしてるからこその言い分で、そのことは、本当にごめんなさいと謝るしかない。
綾香は結婚報告、私は過去を振り返らず自分と向き合い、整形を止めること、そして好きな人がいることを報告しよう。
その報告も有休申請よりも勇気がいるから、もう少しだけ待ってほしい。
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