唇から始まる、恋の予感
出された料理を全部を平らげ、ケーキも頬張る。みんなでワインを二本開け、ケーキは半分を食べた。
仕事をしているときはお腹がいっぱいだと眠くなってしまうから、いつも腹八分目にとどめているけど、今日は何も考えなくていいから思う存分食べた。お腹がはちきれそうだったけど、それもいいと思える。
和室のこたつに移動して、家族で飲みながらトランプを始めた。残ったケーキは誰が食べるのか掛けながらのトランプ。まるでお正月が来たような賑やかさ。
私はいつになくはしゃいで、父親がびっくりするほどだった。

「お父さん寝ちゃったよ~」
「こたつを出すとそこで寝るのよね。起こして部屋に行くように言ってちょうだい」
「分かった」

父親を起こし部屋に連れて行くとき、少し背丈が縮んだかなと感じた。どんどん年を取っていく両親に、早く安心させなくてはとずっと思っているのに、それすらも出来ていない。妹が同居しているのを良いことに、自分のことだけしか考えずにいて、いつまで被害者でいる私は、家族に対しても卑怯者だ。だけど、それはもうおしまい。
明日は綾香と一緒に美容院に行って、ショッピングの約束をしている。綾香がインスタ映えをするスイーツやランチに連れて行ってくれるそうだ。
一人でなんでも出来ると思っていた。
なんでも慣れだから、行動に移してみたら大丈夫だと思っていた。
でも実際いままで出来ていたのだろうか。いじめのせいにして自分を殻に閉じ込めていたのは私自身で、過去に捉われていたのも、私は被害者で、誰かに同情してもらいたかったからなのかもしれない。
そんな考えのせいで、綾香を泣かせるほど辛い思いをさせ、父親の優しい顔を奪ってしまい、母親は私が自殺をしてしまうのではないかと、いまだに怯えさせている。いつも私が大切だと言っているのがその証拠だ。

「自分勝手でいいんだ……」

部長が好きだという想いは自分勝手でいい。綾香がそう教えてくれた。でも今の自分は部長にふさわしくない。だから少しでも誇れる自分になったら、私から想いを伝えよう。
そんな風に思ったとき、やっぱり涙が溢れた。
でもこの涙は悲しい、寂しい涙じゃない。自分の存在を認められた嬉し涙だ。

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