唇から始まる、恋の予感
今となっては遅いかもしれないけど、少しだけでいいから時間を取り戻したいと思っている。
私は何も知らなくて、私にどんな色が似合って、どんなデザインが似合うのか全く分からなくて、綾香の後についていくばかりだった。

「お姉ちゃんはやっぱりお嬢様系ね。モードな感じも似合うと思うけど、まずはここからね」

ファッションビルには沢山のブランドがあって、目移りしてしまう。
綾香の提案で、買った服をその場で着替えることになった。地味な事務員風の服は一番似合っていると思っていたけど、今となってはなんでこんな服ばかりを着ていたのかと思うほど。
レースのタイトなスカートと、アンサンブルのニット。初めてのスカートは、レースでとても綺麗だった。

「うん、良く似合ってるよ、すっごく綺麗」
「本当?」
「嘘なんかつかないし」

信じてもらえない綾香はむくれた。

「そうね、綾香の言うことは信じてるよ」

綾香はさながら、専属スタイリストのように私に洋服を選び、私は着せ替え人形になっていた。
ファッションには無頓着だったから、綾香に言われるがまま洋服を買い、バッグ、靴、アクセサリーとまるでセレブになったように買いまくった。

「お姉ちゃん私にも買ってくれちゃってお金は大丈夫?」
「お金は持ってるのよ」

私が買い物をするたびに綾香は心配し、買いまくる私に買わないようにと言う始末だった。
両手いっぱいに買い物袋を下げ、買いたかった両親へのプレゼントを探す。

「これを渡して好きな人がいるって報告しようかな?」
「お母さん絶対に喜ぶよ。あ、お父さんは止めた方がいい、絶対に言わないほうがいいよ」
「なんで?」
「私に彼氏が出来た時なんか、一か月口をきいてくれなかったもん」
「そうなの?」

娘を溺愛しているのは知っていたけど、そこまでとは知らなかった。

「お母さんに最初に言って、お母さんからそれとなく言ってもらったあとで、お父さんには報告した方が絶対にいい。特にお姉ちゃんは私よりも長引くかもしれないから」

確かにそうかもしれない。腫れ物に触るように接してきた私が、急に好きな人ができたと告白したら、卒倒してしまうような気がする。


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