唇から始まる、恋の予感
スケジュールを見て愕然として、何も手に付かないままただ時間が過ぎていき、ぞくぞくと他の社員が出勤してくる時間になっていた。

「はっ……いけない」

長い有休を取ったあとで、ぼーっとしいるなんて。休み明けの挨拶をまずは係長にしなくては。

「長い休みを取らせていただきまして、ありがとうございました」
「そんないいよ、ゆっくりできたのか?」
「はい、お陰さまで……ありがとうございます」
「どこか旅行でも?」
「いいえ、実家に帰省しておりました」
「そうか、リフレッシュ出来てよかったね」

何をしていたのか、どうしていたのかと聞かれるだけで億劫だったけど、今はそんなこともない。
一つだけ、聞きたいことを係長に伺う。

「あの、大東部長は出張に行かれたのでしょうか?」
「ああ、そうなんだよ、アメリカの支社でトラブルがあってね。急遽、部長が向かわれたんだ」
「トラブル……」
「ああ、でも大東部長が対処に向かわれて事なきを得たようだから、さすが大東部長だよ」
「期間は?」
「一か月くらいは向こうなんじゃないだろうか?」
「そうですか……」
「何か部長に用でもあったかい?」
「あ、いいえ、スケジュールを確認しておりましたところ、出張の期限が未定でいらっしゃったので、何かあったのではと思いまして」
「まあ、大丈夫だろう。部長のことだから、長くはかからないと思うよ」
「はい」


すれ違いってこういうことなんだな。
ここにくれば必ず会えると思っていたのに、当たり前が当たり前じゃなくなっていた。やっぱり私と部長は離れる運命なのだろうかと、マイナスな方向へ考えて、落ち込んでしまう。
私の頭の中は部長でいっぱいで、パソコン画面の部長のスケジュールを見つめていた。

「おはようございます」
「あ、おはようございます。休みの間はありがとうございました」
「いいえ、特に何もなかったし、大丈夫です」
「あの……部長は急に出張ですか?」

係長に聞いたのに、確かめるように聞いてしまう。

「そうなんですよ、なんでも輸出の調整がうまくいかないようでした。それでどうしようもなくて、部長が急遽向かわれたようです」
「調整……」

調整くらい向こうでどうにでもなるだろう。それくらい部長がいなくたってどうにか出来るはず。

「でも大東部長が向かわれたので、大丈夫だろうと」
「そんなんですね」

世界にグローバルな展開と自社販売をするために支社が出来たのだが、その立ち上げに部長が任命され5年もの年月を費やしていた。軌道にのり帰国したのに、すぐに問題がでるなんて。
深いため息とともに、すっかりやる気を失ってしまう。
昼休憩の時に、綾香にどうなったか報告する約束をしていて、LINEで出張のことを伝えた。
落胆する私に、「自分を磨くいい時間だから落ち込まないで。部長さんにあったときに、もっとキレイになってなくちゃね。すぐに帰ってくるから落ち込まないで」と、恋愛初心者の私は妹に励まされた。
< 121 / 134 >

この作品をシェア

pagetop