唇から始まる、恋の予感
エレベーターを乗る時にはかなり身体に震えが来ていた。ここまで持ちこたえられたのは奇跡に近い。やっぱり会社という場所を意識していたのだろう。

(この状態で電車に乗ったらもっと最悪なことになるかも)

ファイブスターは製薬会社だけあって、薬、栄養ドリンク、特定機能食品も割引で買えるし、帰るという賭けは止めて少し休んだ方がいい。医務室もちゃんとあって、産業医が常駐しているので私はいったん休むことを優先した。
会議室だけしかない静かなフロアに医務室はある。
もはや気力だけでここまで来た私は、立っていられないほど呼吸が激しくなっていた。
ドアを力なくノックすると、ドアが開いた。
その瞬間私は呼吸が出来なくなり、倒れ込むようにして医務室に入った。

「大丈夫ですか!? ゆっくり呼吸して!」
「は、は、はっ……」

先生に抱えられながら立ち上がり、ベッドに横になると、先生はビニール袋を私の口にあててくれた。

「ゆっくり呼吸して」

指が固まったように硬直して思うように呼吸ができない。死んでしまうのではないかという恐怖が襲って、さらに呼吸が出来ない。

「いいのよ、ゆっくり深呼吸して、そうよ、上手」

先生が背中をさすりながら優しい声で言う。指示がうまく入ってこないけど、だんだんと落ち着いて行くのがわかった。
私は過呼吸症候群という症状に悩まされていた。高校を卒業するころには、その回数が減っていき、社会人となった今は、ほとんど症状がでなくなっていた。
最初にこの症状がでたのは、中学生の時で原因はいじめだった。
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