唇から始まる、恋の予感
「一緒にいいかな?」

優しい笑顔で持っていたカップを少しあげた。断るのは失礼だけど、かといって一緒に飲んでどうすればいいの?
迷って返事をしない私に痺れを切らしたのか、部長は先に腰を下ろした。
しかたなく私も座って、一口コーヒーを飲む。

「アメリカは大変だったんだよね」
「……」
「支社が出来て二年目で転勤になり、自己主張の強いアメリカのやり方、接し方に苦労して、なんども日本に帰ろうと思ったよ」

何事も動じない人だと思っていたけど、部長もそれなりに苦労したらしい。愚痴をこぼすこともあるんだ。

「何とか支社を軌道に乗せなければと、がむしゃらに働いた5年間だったし、プレッシャーに押しつぶされそうな時もあった」
「……」
「白石が元気でいてくれて良かった」
「え……?」
「変わらず居てくれて嬉しかった」
「あの……」
「白石」
「は、はい」
「俺がいるから」
「え……」
「頼って欲しいんだ……どんなこともでもいいから……」

厳しい顔しか記憶になかったけど、優しい目で私を見ていた。

「先に行ってるぞ」

優しく寄り添ってくれているのに、放っておいて欲しいと思ってしまうのは、私のエゴだろうか。
でも私の望みは一つだけ

「そっとしておいてほしい」

それだけだった。

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