唇から始まる、恋の予感
デスクに戻ると、川崎さんが出勤していた。昨日は迷惑をかけてしまったから、謝らないといけない。

「おはようございます。昨日はすみませんでした。ご迷惑をかけてしまって」
「白石さん、出勤して大丈夫なんですか? 体調はもどりましたか?」
「はい、大丈夫です。本当にすみません」
「とんでもないですよ。いつも僕の失敗をフォローしてもらっているんですから、なんでもないです」
「夏バテのようで、すみませんでした」
「暑すぎですね」
「そうですね」

隣に席があって同じ仕事をしているのに、ここまで長く会話をしたのは初めてだった。部長は低くてお風呂で話すみたいに、反響して響く声だけど、川崎さんは、声変りをしたのかしらと思うような、男性にしては高い声だ。それが異性を感じさせなくて、心地いい。
私も川崎さんも、苦手なことが同じなのかもしれないなと、ふと、思った。

「あの……」

申し訳なさそうに川崎さんがクリップボードを差し出した。

「決裁がたまっていまして……よろしくお願いします」
「分かりました」

私の所で決裁が止まって、たまっていたようだ。それだけは、川崎さんも代理ができないし、申し訳なさそうに差し出したけど、悪いのは私で川崎さんじゃない。
いい人だと、今になって思った。

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