唇から始まる、恋の予感
昼のチャイムが鳴って、一斉にみんながランチに向かった。昼休みに外部から電話が鳴ることはそんなにないが、もしもの時のために、お昼当番がいる。
正直言って、私は毎日でも昼当番をしたい。
理由は簡単で、1時から休憩に入ると、午後の時間が短くなって、早く就業時間になるような気がするからだ。
当番表を作るのも総務の仕事で、当番専用のシートに名前を入力するだけの簡単なシートで、
管理職以外は、この当番表をもとに昼当番をしている。

(もうあの場所はだめね)

部長がまた来るだろうし、また何かあって私がどうなってしまうか分からない。
外は太陽が照りつけて暑そうだけど、社内で一人になれる場所は、あそこ以外にまだ知らない。会社の前公園は、ベンチもあるし、この暑さで外でランチをする人もそうそういないだろうから、しょうがなく外に出ることにした。
外に出てみると、日傘を差して歩いていても、体感の暑さは変わらない。意地を張って失敗したなと思っても、また戻るのは時間の無駄。

「暑い……」

本当に暑くてどうにかなりそうだ。このままでは私もアイスの様に溶けてしまうかもしれない。
狙った通り、この暑さで公園にいる人はほとんどいない。日陰のベンチも空いていて、座ってお弁当を広げる。蝉がミンミンミンと鳴いて、更に暑く感じた。

「早く食べて戻ろう」

長くは居られない暑さだった。食べながらカフェのフルーツアイスティーを思い出す。

「なんでこんなに高いの?」

スマホでカフェメニューを検索して見ると、私の価値観にあわない金額だった。おいしいかもしれないけれど、私に出せる金額じゃない。


「そういえば、部長はコーヒーが好きだったはず」

部署内で使っているコーヒーマシンは、親睦会費で買った物だけど、購入金額の半分は部長がアメリカに行く前に「おき土産だ」と言って、ご芳志してくれたものだ。

「一杯くらい入れてあげてもいいわよね」

本社に復帰したばかりだし、これくらいは周りから見られても何も言われないはず。

「あっつい……」

夏が大の苦手なのに、外でランチなんてどうかしてる。首筋には汗が伝って、このままいたら熱中症になってしまいそう。

「もう限界だわ。夏の間は覚悟を決めてあそこでランチをしよう」

部長がいようがいまいが、どうでも良くなるほどの暑さに、お手上げだ。
一日で挫折をしてしまった私は、根性がないようだ。
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