唇から始まる、恋の予感
「ご、ごめん! 俺だ、驚かすつもりはなかったんだ、本当にごめん。大丈夫か?」
「こ、怖かった……」

信じられない、暗いところで突然声もかけないで現れるなんて。怖すぎて涙も出ない。

「ごめん、本当に悪かった」

良かった。生きている人間で良かった。持っていたグラスが小刻みに震えていた。
部長がグラスを私の手から離して、持ってくれた。

「すみません」
「いや、悪いのは俺だから」

ここから見える夜景が綺麗だったのに、これからは幽霊を探しそうな気がする。

「落ち着いた?」

私は頷いた。

「特等席だね。夜にここへ来たのは初めてだけど、夜景がキレイだ」
「はい」

もう、気持ちよく夜景を見る気になんてなれない。窓の向こうを見るよりも、フロアの中に誰かいないか探してしまう。これも全部、部長のせいだ。

「料理はこれだけしか持ってこなかったのか? もっと沢山あっただろう?」
「……」

私は人がいたら食事が出来ない。
いつも自分で食事を作っているし、外食もしないから、こういう機会に出されるお料理を食べるのが楽しみだった。
部長が来なければ、このお皿のお料理は私のお腹に入っていったのに、もう食べられない。
幽霊といい、お料理といい、部長は私の邪魔ばかりする。


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