唇から始まる、恋の予感
今日ほど休みたいと思った日はない。だけど、休みの電話を入れる勇気も私にはない。有給の申請もなかなか出来なくて、有給をためておける日数が満杯になってしまっている。

「今日から早朝出勤はしばらく止めた方がいいわね」

仕事前の、のんびりした時間。ビル群の隙間から、のぞく朝日を見ながら飲む贅沢なコーヒー。私の少ない楽しみの時間だったけれど、それも出来なくなったみたいだ。
重い足取りで出勤すると、給湯室には女子社員がたまっていた。
どうやらコーヒーを飲みたかったようだが、マシンの準備が出来ていなくて、操作方法をみんなで確認しているようだった。

「いつも誰が入れてくれてたんだろうね」
「何も考えずに飲んでたけど、入れてくれている人がいたのよね」
「ほんと、誰なんだろう」

(悪いことをしてしまったわ)

いつもすぐに飲めるようにしておいたのに、突然準備が整っていなかったら、戸惑うのはあたりまえで、故障してしまったのかと騒ぎになってもおかしくない。
お茶の準備も気になるけど、今日一番の気が重くなることは、部長との顔合わせ。最初の一言はなんていったらいいだろう。こんなことを考えながらの週末を過ごして、全然疲れが取れなかった。

(胃が痛い……)

部長が赴任されてまだ一週間だというのに、何故か私にばかり不幸が訪れているような気がする。波風立たない穏やかだった日常だったのに、部長が私を振り回す。仕事疲れなんかそんなに感じたことはなかったのに、今では毎日疲れて仕方がない。
習慣化していることも出来ていないし、家に帰ってからもごはんを作る気力もない。
どうしたら私の人生は楽しく、楽になるのだろう。

(全部部長のせいだ)

歓迎会の事で悪いことをしてしまったと思ったけど、それは取り消すことにした。

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