唇から始まる、恋の予感
植草の話を聞いてから、自分の気持ちが分からなくなった。時間がないと言われ、正直焦っている。だけど、可哀そうだからこのまま好きでいるのか。
いじめを克服させてやるという正義感で好きでいるのか。彼女の何を好きになったのかも分からなくなった。
好きになるのに理由はないというが、確かに気づけは彼女の姿ばかりを追っていた。

「いったい彼女の何処が好きだったのだろう」

白石に会えれば嬉しい気持ちは本当だ。でも、植草の話を聞いて迷っている自分もいる。
自分の想いだけで彼女を支えてやるなんて絶対に言えない。
全力で支えてやれる自身もあるが、彼女が俺に助けを求めなくちゃ、一緒に乗り越えていかれない。

「簡単に諦められるくらいなら5年も待ってないだろ」

5年という年月は、とにかく長かった。想いを寄せている女がいるのに、会えない辛さは想像以上だ。
告白してすぐに返事をもらえないことは百も承知で、少しずつ距離を詰めていき、上司と部下の関係を失くしていくところから始めればいいんだと、単純に考えていたがそれは甘かったようだ。

「さあ、俺はどうしたいんだ」

時間はあるようでない。白石が最後の一手を打つ前に、何か出来ることがあるんじゃないか。

「俺が出来ることは、離れること……か?」

白石はずっと苦しみの中で生きてきたのに、無理やり自分の気持ちを押し付けて、また苦しませている。ずっと一人でいるのは、自分を守りたいからだ。それを無理に外に連れ出し、連れまわす俺は思いやりの欠片もない。
よくよく考えれば、会えた嬉しさで、白石が何を好きで、何が嫌いで、何に苦しんでいるのかを知ろうともしなかった。
今迄付き合ってきた女のように、食事に誘い、ドライブに行き、記念日を祝い、クリスマスを一緒に過ごす。そんな当たり前のことを白石と出来るものだと思っていた。
そのすべてが、白石の出来ないことだとは考えもしなかったのだ。

「好きと言う資格はなかったな……植草、俺には出来そうもないよ」

もっと時間をかけて告白するべきだったと、白石を傷つけてしまったことに、今頃気が付いた。

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