唇から始まる、恋の予感

揺れる想い

今日は目がとても疲れて、目薬が欠かせなかった。空気が乾燥し始めているせいかもしれない。
月が変わり暦の上では秋になったのに、気温はまだ高く、ブラウス一枚で過ごせていた。
滅多にないけれど、今日はなんだか疲れてしまって、仕事も集中出来ずにいた。少しだけ休憩すればいつも通りになるかもしれないと、資料室に行くと川崎さんに伝えて、席を立った。
ずっと座っているせいか、浮腫みもあるし身体を動かそうと思い、階段を昇ってみることにした。

「少し運動しなくちゃだめね」

早朝出勤をしているから電車は座れるし、業務中も座っている。ホームから改札を出て、駅を出るまでエスカレーターだし、社内の移動はエレベーター。なんの目安にもなっていない歩数のアプリは3000歩足らずで、一日中座っている状態は、さすがにダメだなと思い始めていた。
海外事業部からリフレッシュコーナーには二階分昇ればいいだけだから、そんなに大変ではないだろうと昇り始めたが、私は自分の体力をあなどっていた。

「はあ、はあ」

たったこれだけ昇るだけで息切れするなんて、家で出来る運動からでもいいから少し身体を動かさないとダメみたいだ。
息が切れて仕方がなくて、踊り場で小休止する。すると、上の方から人の話し声が聞こえた。

(女の人……)

階段は行き来で使う人が意外といるから、最初は気にならずに昇っていた。                                                           

『ずっと好きだったんです』

え、何? 好きって、あの好きよね。どうしよう、人の告白を聞いてしまうなんて。
降りることも昇ることも出来ない状態で、息まで殺す状態になってしまった。こういう時に限って、誰も階段を使わない。私はなんてついていないんだろう。

(偶然だから、偶然)

盗み聞きをしているわけじゃないと、言い聞かせた。

『アメリカから帰られるのを待っていました』

(アメリカ? アメリカって言ったわよね)

とすると、相手は……。

『榊さん』



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