唇から始まる、恋の予感
告白を断るという言葉は使わなかった。私ごときが断るなんて、何様のつもりなのかと思っていたから。
私は多分、部長が好きなのだと思う。だけど、それが本物なのかそれとも、恋に対して免疫がない私のただの恋に対する憧れなのか、そのどちらなのか今の私では、はっきりとした答えが出ない。部長が告白をしてくれたから意識をするようになっただけで、そうじゃなかったら上司ということしか思わなかったはず。
本当は向き合う時間が欲しかっただけだったけど、答えが出るまで待っていて欲しいなんて、階段の告白を聞いてしまったあとでは尚更、部長の時間を止めてしまってはいけないと思ったし、部長を引き留めるわけにもいかない。そんな資格、私にはないから。
最後にしっかり、部長の顔を姿を見て、記憶に刻んでおこう。こんな私を好きになってくれた唯一の人だから。

「白石」

部長は私の名前を呼ぶと、離れていた私との距離を詰めてきた。私はそこから動かず、部長を待った。

「はい」
「俺の言うことは何があっても信じてほしい」
「はい、信じます」
「白石」

部長は名前を呼ぶと、顔を隠すためにかけていたメガネを取り、口元にある小さなほくろを確認するように指で少しタッチをすると、そのまま指で私の唇を一なでした。

「君は美しい」

そう言ったあと、優しくゆっくりと私を引き寄せ、唇を重ねた。
こうして私の初めてのキスと、初めての恋は終わりを告げた。


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