唇から始まる、恋の予感
よりにもよってまたあの時と同じように、好きだと告白してくれた人には、別に好きな人がいるということ。榊さんの告白を聞かなければ、もっとずるずると部長の優しさに甘えていただろう。
榊さんの告白は、私のあいまいな態度を、はっきりとさせてくれた切っ掛けでもあった。
ぼんやりとではあるけれど、大人の女性である私は、少女のように憧れた告白のシチュエーションに憧れていただけかもしれないと思ったりする。
でも涙も出るくらい悲しいことでもある。

「苦しい……」

こんなにも苦しい気持ちになるのは初めてだ。胸が苦しくて、ただテレビを観ていただけでも頬に涙が伝っていた。
私には、やらなければならないことがある。それに向かっていれば何も余計なことは考えなくなるはずだ。
初めてといってもいいくらいの勇気を出して伝えた気持ちを大切にしたい。
後悔も沢山するし、もしあのときなんて考えることも沢山あるだろう。いままで後ろ向きな考えできたけれど、これからは後悔しても前を向く人生を生きたい。

「この想いは消そうとしなくていいのよね」

無理に消そうとするから大変なんだ。せっかく芽生えた温かい気持ちを大切にしまっておけばいいのだし、私の中で部長が風化出来るまで、大切にしておこう。
そうやって何とか自分を納得させているけど、おそらくずっと引きずってしまうに違いない。

「はあ~」

感情って本当にコントロールできないものなんだな。考えないようにしようと頭で命令するけれど、胸の痛みと相反するドキドキが私を襲って何度も寝返りを打つ。無理して眠ろうとすればするほど眠れなくて、結局完全に起きることにした。
キッチンに行って冷蔵庫から缶チューハイを出して、グラスに注ぐと、一気に飲み干した。

「飲んでも眠れない……か……」

テレビを点けていつもなら観られない時間帯の番組をザッピングするけど、画面の中の出演者は笑っていても、私は笑えない。そのかわりに、涙が止めどもなく溢れてくる。

「泣き上戸だったかしら」

お酒を飲んでも変わらないのが私なのに、なぜだか涙が出る。
初めて思う、誰かに話を聞いてもらいたいという感情。
そんな人は私には誰もいなくて、気持ちの持って行く場所がないのも要因なのかもしれない。
結局お酒を飲んでも酔えず、深夜に部屋の片づけをして頭を無の状態に無理やり持って行った。物が少なく、ワンルームマンションの家ではすぐに終わってしまう作業だったけど、部長のことを考えずに済む時間があったことが少しだけ痛みが和らいだ時間だった。
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