唇から始まる、恋の予感
立ち直れないままだったが、植草に報告をする義理があるだろうと、診察室に訪ねた。

「今、いいか?」
「どうぞ」

植草はドアのプレートを、診察中に変えた。ワンルームマンションにあるようなミニキッチンで急須に茶葉を入れ、熱く濃いお茶を淹れてくれた。

「どうぞ」
「ありがとう」

ズズッとお茶をすすると、コーヒーとは違う、リラックスした気分になった。

「報告すると……」
「ん……」
「フラれた」

植草は、びっくりもしないけど、少しだけ残念な顔をした。

「彼女は難しいわよ。大東さんは頑張ったと思うわ」
「色々と悪かったな、呼び出したりして」
「いいわよ、気にしないで」

余計な会話をせず、まるで長年連れ添った老夫婦のように黙ってお茶をすすった。
二人で窓外のビル群を眺めていたが、植草が口を開いた。

「で、彼女は整形するって? 意思は変わらなかったの?」
「……ああ……」
「そっか……」

俺の「そのままでいろよ」という言葉は、白石に響かなかった。植草もこころなしかがっくりと肩を落としているようだった。

「で?」

で。って、なんだ? もしかして、だから何? という俺がフラれたからなんなんだという、私には関係ないけど的な突き放しの感じなのか? そうだとしたたら、報告した俺はめちゃくちゃ恥ずかしいんだが。

「で?って?」
「5年以上も思っていた人を、一度断られたくらいで諦めるのかってことを聞きたいわけ」
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