唇から始まる、恋の予感
失恋ってこんなに辛いものだったか?

「全然立ち直れないんだけど」

悲しい酒は、飲んでも飲んでも酔わないんだと知った。

「男の方が傷つきやすいんだぞ」

俺の中である種のストーリーが出来上がっていたこともあり、それが辛さの拍車がかかった要因でもある。
アメリカから戻ったら、白石は俺の彼女になると勝手に思い込んで、その先まで考えていた。アメリカで頑張れたのは、白石がいたから、恥ずかしくない男になるためだった。

「あ~もうどうでもいいか」

白石を呼ぶために、週末は片づけに時間を割いていたのに、それもどうでもよくなった。ベランダには、つぶした段ボールとゴミ袋が散乱している。

「いっそのこと、ゴミ屋敷にしてやる」

部屋が汚くても気にならない俺は、捨てる気まで失せて投げやりになっていた。

「寝よ」

ふて寝を決め込み、テーブルに並んだビールの空き缶を拾ってゴミ袋に入れる。これもきっとパンパンになるまで捨てないだろう。

「白石は酒が飲めるのかな」

これから何も起こらないのに、そんなことを気にする。
発作はもう起こらないだろうか、それだけが心配でならない。
俺は失恋ごときで辛いと言っているが、白石が受けたいじめに比べたら、いや、比べてはいけないほどの辛さだったろう。
聡明な綺麗さを持っている白石が、自分の顔が醜く見えるほど、精神的な打撃をうけたのだ。
俺では計り知れない辛く長い時間を過ごしてきた。俺がその苦しみを少しでも取り除いてやりたいと、だから一緒に乗り越えようと、白石の告白を聞きながら言いたかった。でも、そんな軽い言葉で言えるほど簡単なことじゃなかった。

「それに……その前に傷ついている白石を受け止める俺の覚悟ができなかった」

さらに魔の悪いことに、榊からの告白を聞かれてたとは、なんてついてないんだ。
仕事だってわき目も振らずにやって来たし、罰当たりなことはしていないはずなのに、この仕打ちはひどすぎる。
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