唇から始まる、恋の予感
時間が経つにつれ、立ち直るどころかどんどん気分は落ち込み、何もする気も起きない。
そんな時はここに行くしかない。

「ただいま~」
「はーい」

家の奥から、二重奏のような声が聞こえ、バタバタと走ってくる音が聞こえた。

「おじちゃん」

これも二重奏で言われたが、おじちゃんだけど、おじちゃんじゃない。

「おじちゃんじゃないだろ?」
「ママ~俊介が来た~」
「俊介じゃないだろ!!」

長野にある姉の家に来た。実家はここから5分ほどの所にあって、親父を姉に任せ、俺は東京で悠々自適に、自分勝手に生きている姉不幸弟だ。

「あら、俊介。また何かあったの?」
「……違う」

するどい。姉とは3つ違いで、小さい頃はさんざんいじめられた。いつも姉の後を付いて行っては泣いて帰って来ていた。
お転婆で気の強い姉も、今は双子の母親になっている。
まさかの双子に、俺はびっくりしたけど、可愛い姪っ子達にやられっぱなしだ。

「アメリカ土産」
「帰ってきてからずいぶん経つのに、今頃土産? しかもこれだけ?」

俺が渡したのは、クッキー。それも賞味期限ぎりぎりでやっと持ってきた。ラッピングも何もしていない裸のクッキー缶を手に取って、姉は恨めし気に俺を見た。本当に怖い。

「……双子、今日は俊介君が洋服を買ってやる」

双子に話題を振り、姉の攻撃を交わす。散々いじめられた過去を思い出して、先制攻撃をした。

「やった~!!」

双子はいっぺんに育ちいっぺんに育っていくからいいと言えばいいが、常に金は二倍にかかり、女の双子となれば、ヘアアクセサリーだ、靴だ、洋服だと、買う物は尽きないらしく、いつも姉を悩ませていた。
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