唇から始まる、恋の予感
親父の様子を見ているのも姉で、俺は悪いと口で言うばかりで、何もしてやれていない。罪滅ぼしのつもりで、ここに帰って来たときは双子に何か買ってやっているのだが、これからどんどん女として成長していくのに、いつまで誤魔化しがきくか、非常に不安だ。

「アウトレット、アウトレット、アウトレット~」

勝手に作曲して歌って、大喜びだ。

「アウトレット? イオンかしまむらじゃなかったのか?」
「いつの話? 今はアウトレットよ」

姉がクッキーの缶を持って知らっと言った。ほんの数秒まえに不安だと思っていたことが、もう現実の物となるなんて、信じられない。とうとう恐れていたブランドの波が、双子に押し寄せてきて、俺は財布の心配をしなくちゃならなくなった。

「遠いじゃんか」
「気晴らしに来たんでしょ? 行くわよ」

なんでもお見通しで、血のなせる技だと妙に納得してしまう。

「今来たばっかなんだけど」
「独身は疲れないはずだけど」

そんなことあるわけない。と言い返したいところだけど、姉に口で勝ったことはないので、黙っておくのが、弟に出来る最大の防御だ。

「さ、双子。行くわよ!」
「お~!!」

女は支度に時間がかかるのが当たり前だと思っていて、姉も例外ではなく俺はいつも待たされていた。そんな姉がもっと支度に時間のかかかかりそうな双子と、なんですぐに出られるのか不思議だけど、出かけられるようなスタイルではある。

「どこかに行くはずだったんじゃないのか?」
「その予定だったんだけど、尚が仕事になっちゃってさ」

尚とは義理の兄貴の尚久のことで、姉とは同級生で長い恋愛期間を経て、結婚した純情男だ。
堅実な姉らしい選択だと思った。

「そうなんだ」

どうりでいつもニコニコと出迎えてくれる尚さんの姿が見えなかったはずだ。前もって連絡をしないで来てしまったから、尚さんが仕事じゃなかったら、留守の家に来てしまった所だったのか。俺にはラッキーだったな。いや、これから行く買物のことを思うと、留守の方が良かったような気がする。

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