唇から始まる、恋の予感
車に乗り込むと、双子はスマホから音楽を流して歌いだした。それが全くなんの歌かわからない。

「今、韓国アイドルに夢中なのよ」
「いろいろと大変だな」

じっと聞いてみると、確かに日本語ではなく韓国語だ。俺にはさっぱりわからないけど、双子が楽しければそれでいい。

「アメリカはどうだったのよ、一度も日本に帰ってこなかったけど」
「それなりに大変だった」
「お父さんも心配してたわよ」
「うん」

母親が死んだ時からぎくしゃくしてしまった関係は、いまだに良くならず、親父はアメリカにいる俺を心配して、何かと連絡をしてきたが、俺が意地になっている部分が大きく、素っ気ない態度を取ってしまっていた。すでに許すとかそんな話じゃないが、一度振り上げてしまった拳を下げることが難しいだけだ。

「今日は、味噌汁を作ってあげる」
「サンキュ」

俺は母親の作る味噌汁が大好きだった。風邪をひいて食欲がなく寝込んでいても、味噌汁だけは食べた。姉貴の味噌汁は母親の味を受け継いでいて、どんなに願っても食べることが出来ない母親の手料理は、少し違う形で食べることができた。

「泊まって行くでしょ?」
「……実家で泊まろうか……」
「お父さんに布団を干して置くように言っておくわ」

なんで、どうして、だから、どうしたのかと深く聞かないのが姉貴のいいところだ。困ったとき、頼りたいときは自分から言うだろうと、デンと構えていてくれる。それが本当に頼りがいがあっていい。

「あんたさ」
「うん」
「いつまでお姉ちゃんに頼るわけ? いいかげん、頼るのやめてくれる? 双子で手一杯で、尚も手がかかるし、それに加えてあんたまで。少しはさ、俺がなんとかするよとか、俺に任せろとか言えないわけ? 殴るよ」
「う……」

しんみりと良い姉貴だと思っていたのに、やっぱりこれか。そしてお決まりの殴るよ。いつでもこう言って俺を泣かせた。
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